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マンダラのパワーが導く「翠(すい)点」は、これからのカギになるように思われます。
前回は、孤高の天才学者、南方熊楠氏を紹介しました。 なじみのない人なので、内容に興味が持てない!という人も いるかも知れません。
彼は、「エコロジー」運動を、日本に初めてもたらした人でも あります。
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「紀伊山地の霊場と参詣道」がユネスコ世界遺産に登録された。 この礎を築いたのが、和歌山生まれの世界的な博物学者 ・南方熊楠(1867〜1941)である。
那智滝を包む原生林や、熊野古道のシンボルである樹齢500年 をこえる杉木立は、熊楠による日本初の自然保護運動によって 守られました。
在野の学者だった熊楠は、鎮守の森を伐採し、その土地と樹木 を利用しようとする明治政府の「神社合祀令」に異議を申し立て、 自然保護運動を開始しました。
この時、熊楠が日本に初めてもたらしたのが、「エコロジー」 という言葉でした。「森林伐採は絶妙なバランスの上に立つ エコロジーを壊し、農業・漁業にも悪影響を及ぼす。
自然の破壊は人間の破壊につながるのが原理」と予言。 目先だけの利益追求を戒め、自然の偉大さに人々の目を 向けたのです。
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2004年の「そのとき歴史は動いた」という番組の内容から 抜粋しました。
現代ならわかりますが、百年も前に国に反抗して自然保護 運動を行い、犯罪者にもなっていますので、すごい人です。
私が、メルマガで取り上げる理由は、考えているものが 現実化する力、実現させる力、創造力、因果関係の枠を超えて 奇跡が起きる力、運命を好転させる力、この様な力の法則性を 追求しているので、彼に注目しました。
彼が、マンダラに不思議な力があることに気づき、マンダラ のパワーを活用した点にも注目しています。
そして、今までの流れで、南方熊楠氏に関連したシンクロ 現象が非常に多かったので紹介しました。
フローの状態の時にシンクロが頻繁に起り、このシンクロが 自分のやっていることの正しさの証明の合図になっている!と いうことですから・・・。
一人でも多くの人がフロー状態に、しかも、美しい波の流れ に乗る、望ましいフロー状態に至ってもらいたいので、書いて います。
皆様も、「シンクロニシティ」⇒「セレンディピティ」などを 頻繁に感じてください。
さて、南方熊楠氏は、研究の対象に対して、特に「筆写」と 「写生」という方法を用いて、何日も徹夜をして粘菌やキノコの 絵を写生したそうです。
そして、絵を描くだけではなく、その手触りや匂い、味に至る まで記録していました。
この内容からも、彼は右脳を活性化していたことになり、 彼の残した膨大なノートや資料、そして偉大な業績は、左脳も 右脳も両方をフルに活用した賜物だと思われます。
そして、彼は因果関係のモデルである「南方マンダラ」に到達 したのです。マンダラは右脳を活性化する最良の絵なのです。
写生=スケッチは、776回で紹介した、写真家の今森さんにも 酷似しています。
今森さんのことを、メルマガでは、大人になった自分の持って いる固定観念や常識などを取り除いて、命の中にある本当の 真実を観るために時間をかけてじっくりと心の眼で観察している のです。
と、書きましたが、南方熊楠氏も、さらにその奥の「根源知」の 様な領域まで至り、次元の違うところから今の瞬間を見ていた ようです。
今森さんを紹介したメルマガから一部を抜粋します。
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「僕にとってシャッターを押すことは、命と対話することなんです」。
と、今森さんが語っているように、実際の撮影より、撮影に 至るまでの下準備のために、何日も、何ヶ月も、何年もかかって いることも紹介していました。
4年もかかっている写真もある!ということで、自然や昆虫の 「目には見えない」部分を重視して、しばらく眺めたり、スケッチ をしたり、じっくり観察して、目には見えないものまで見えるよう になる「眼力」を養っているようです。
そして、そのものと一体化して魂を込めているのです。
「ほかの人とやり方が違う。僕の場合、写真家らしくないん ですよね」
と、今森さんは、まったくの独学で、写真の師匠がいなかった ことが、本人が納得するまで追求し、純粋に深めることができた ので、良かったのかも知れません。
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南方熊楠氏も彼の追求している学問の師匠はいませんでした。
唯一思い当たるのは、英国遊学時代の友人で後に高野山の 管長になった僧侶、土宜(どぎ)法龍氏で、彼ににあてた書簡が 38通あり、その中に、熊楠独自の世界観である「南方マンダラ」 図の形成過程を示す叙述が含まれているのです。
社会学者であり、元上智大学の名誉教授の鶴見和子さんが 「南方(みなかた)マンダラ」 と命名されたのですが・・・。
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熊楠の業績はあまりにも広い。だから、様々な関心を持つ人が それぞれに、熊楠から答えを引き出せる。没後65年たってなお 熊楠が光を放っているのは、そのせいだ・・・。
私自身が熊楠から得たもののうちで最も大きいのは、やはり 「南方マンダラ」だ。熊楠はもともと聖の世界の論理である 曼荼羅を使い、俗界を説明する道を開いた。彼のおかげで 実世界の様々な関係性を曼荼羅で読み解く解くことが可能に なった。
例えば、曼荼羅は国際関係などにも応用できる。 南方マンダラでは様々に因果系列が集まる場を「翠(すい)点」 と呼ぶ。これを国際関係に置き換えれば、萃点は激しい利害 対立を調整し、一致点を見いだす場だ。異質を排除する「文明の 衝突」ではなく、「文明間の対話」の苗床となる可能性を曼荼羅 の論理は秘めている。
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と、「南方マンダラ」を評価しております。
鶴見和子さんの「88」や「鶴」や「和」の関連を前回のメルマガ で取り上げましたが、
八十八霊場の『幸せの和』に関連しているマンダラの寺は、 20番目のお寺であると、能望CDの冊子にも書いていますが、 そのお寺の名前が「鶴林寺」(かくりんじ)と言います。
弘法大師・空海が夢の告知をうけて訪れると、雌雄の鶴が 羽を広げて小さな地蔵菩薩を守っていた。と、説明があります。
そして、20番目の「鶴林寺」(かくりんじ)がマンダラの 胎蔵界で、21番目の太龍寺が金剛界のマンダラと並び称されて きた!と、説明があります。
鶴見和子さんの鶴と「鶴林寺」(かくりんじ)の鶴は、全くの 偶然とも思えません。「鶴林寺」(かくりんじ)がマンダラの 胎蔵界で、和子さんの「和」と『幸せの和』のマンダラつながりも 不思議です。
そして、南方マンダラの因果系列が集まる「翠(すい)点」の 「翠」の字には、羽がついていますが、弘法大師・空海が夢の 告知をうけた雌雄の鶴の羽とも関連しているようです。
何から何まで有り得ないシンクロなので、マンダラのパワーが 導く「翠(すい)点」は、これからのカギになるように思われます。
南方熊楠氏も夢のお告げで多くを発見をしております。
熊楠は、自分の夢の中のお告げで、北米で見つけた藻を故郷の 和歌山で発見しました。彼はこれを人間の未知の領域『やりあて』 とし、仏教の「深層意識・八識」で、この夢見を説明しています。
彼が発見した「翠(すい)点」や『やりあて』は、マトリックス・ 日記カルテに書いているから判ることです。
------------- ◆奇跡を起す夢の願望達成法! 運命の扉を開く「五次元の超越意識」
・「幸せの和」 ・「幸せ文庫」 ・「富(13)」のHP ・「その他」 ・「体験談」など
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