「今、ここにいること」に対して誠実で深い関心を注ぎこめば…


 どうして、「今の瞬間に生きること」が大切になるのか、私の過去の
メルマガから抜粋します。ちょうど、「瞬息」「弾指」「刹那」の命数に
ついてもか書かれているので、参考にしてください。

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 シンクロニシティとは、自分の身の回りに偶然が重なって物事が
上手く展開して行くこと、日本語では、「共時性」と訳されています。

 そして、ノーベル賞受賞者の科学者達が好んで使う言葉に、「セレン
ディピティ」という言葉があります。

 セレンディピティとは、「神様からの贈り物」と訳され、何かを探して
いるときに、探しているものとは別の価値あるものを見つける能力・
才能を指す言葉になります。

 それまでは想像もし得なかったほどの個人のレベルをはるかにこえ
た深遠で偉大な力が働いて、奇跡的なことがもたらされる意味になり
ますから、ノーベル賞受賞者の科学者たちが好んで使う言葉になる
のです。

 セレンディピティの能力を高めるには、現在の自分に感謝すること、
そして、あらゆることに気づく(マインドフルネス)ことです。

 見えないところで働いている神秘的な力にも気づき、すべてが意味の
ある偶然であり、メッセージを含んだ偶然であることにも気づくのです。

 「セレンディピティ」は、偶然の幸運に出会う能力の意味になります
から、シンクロ二シティよりもより能動的になり、より進化した状態に
なります。

 そのために、今の瞬間に生きることが大切になります。

 マインドフルネスとは、「今」という瞬間に完全に注意を集中した意識
状態を意味します。

 何かを考えるのではなく、目の前で起きている事実を客観的にそして
注意深く認識している状態です。

 今の瞬間に生きて、マインドフルネスの状態になると、全てのシンクロ
ニシティーがおこり、自然はあなたを助け、あなたは神の一部として
生きている姿であり、光を放つ存在であり、宇宙の中でしっかりと役目
を果たしていることになります。

 まさしく「神様からの贈り物」が与えられるのです。
 
 ところで、英語で「プレゼント」は(現在・今)と訳します。

 「今」という瞬間の時は、神様からのプレゼントであり、性別や年齢
や貧富に関係なく、すべての人に等しく与えられているのです。

 ところが、多くの人は、今の瞬間に生きてはいませんですから、
「今」の瞬間に気づくこともないのです。

 過去の出来事や経験に囚われて、未来の不安に怯えて生きている
のです。その結果として、やっていることを楽しめない幸せを感じられ
ない、生活を少しも楽しめない、幸せに暮らすことができない!と
いう状態になっているのです。

 生きているのは今だけですから、本当は、今をしっかり生きなけれ
ばならないのに、今の瞬間に気づかずに、過去や未来のことばかり
考えているのです。

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今、この瞬間を生きる!

今、この瞬間を生きて下さい。

あなたの全ての苦悩は過去か未来に存在しているため、
この瞬間は自由なのです。

この瞬間が、あなたが行動するパワーを持っている
唯一の瞬間です。

人生はこの瞬間に存在しているのです。

だから、この瞬間を生きて下さい。

この瞬間に行動して下さい。

この瞬間に意図を固めて下さい。

この瞬間に心配を手放して下さい。

この瞬間に留まって下さい。

これが生きる事にフォーカスした今この瞬間の意識です。

  「あなたが『宇宙のパワー』を手に入れる瞬間
          ディーパック・チョプラ著 より。

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 過去は歴史であり、未来は神秘だ。
そして、今のこの瞬間は神様からの贈り物である。
だから、今この瞬間のことを「プレゼント」と呼ぶのです。

 せっかく、神様からの贈り物である「今のこの瞬間」が与えられて
いるのに、多くの人が、今に生きることをしないで、神様の「プレゼント」
には無関係になっているのです。

 マインドフルネスとは、「正念」とも訳されています。念とは、今の
心と書きます。「正念」とは八正道の一つです。

 マインドフルネスとは、過去や未来ではなく、現在この瞬間瞬間に
心をとどめることに努めなさいという仏教の教えでもあります。

 「今、ここにいること」に対して誠実で深い関心を注ぎこめば、人は
誰も、自由で満ち足りた、聡明な人生を送ることができるのです。

マインドフルネスを実践することで、解き放たれた生活や、自然な
喜びをもって毎日を生きることのすばらしさに気づくことができます。

 前置きが長くなりましたが、ミクロの命数も仏教の経典から
来ています。

 「瞬息」「弾指」「刹那」は、10のマイナス16乗~18乗の「六徳」の
前の単位になりますが、なるほど、これらは、明らかに時間の単位
になります。

 もしも、時間を意図して作られたとしたら「正念」=マインドフルネス
とも関連してきます。

 頭頂がビリビリしびれてきましたから、ミクロの命数は世紀の発見
であり、すごい「セレンディピティ」になります。
 
・瞬息(しゅんそく)は、10-16乗(1京分の1)であること、瞬息という
言葉には、「瞬間にする息のように短いもの」という意味がある。

・弾指(だんし )10-17乗(10京分の1)であることを示す漢字文化圏
における数の単位である。弾指の意味は、指を弾く程のきわめて
短い時間

・刹那はいくつを示すかは時代や地域により異なるが、現在では10-
18乗(100京分の1)で、漢字文化圏では数の単位としても用いられ
ている。

 刹那の意味は、極めて短い時間、一瞬、となっていますから、
これらは、時間の単位とみなしてもいいと思います。

 つまり、1京分の1秒⇒10京分の1秒⇒100京分の1秒と、意識が
この瞬間の時間の世界に入って行けるのです。

 六徳(りっとく)は、1000京分の1秒になります。涅槃寂静まで
至ればとんでもない「一瞬の世界」に至ることができます。

 ですから、シンクロニシティが頻繁に起きて、セレンディピティの
能力も極限まで高くなるのです。

 ミクロの命数は、大きさの単位であり、さらに、時間の単位を併用
すると、応用範囲が広くなり、さらなる神様からの贈り物が与えられ
るのです。

 ありがとうございました。

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「瞬息」は、10のマイナス16乗ですから、電子の大きさでもあります。
これは素粒子のサイズでもあり、次元を行き来できるサイズになり
ます。

 つまり、三次元と五次元を行ったり来たりできるのです。

 1京分の1秒とは、想像もできないくらいの瞬間ですが、私たちの
意識は認識しています。

 私達が意欲的に、この命数を受け入れ、電子を受け入れ、意識を
向けることが大切なのです。

 「今、ここにいること」に対して誠実で深い関心を注ぎこめば、人は
誰も、自由で満ち足りた、聡明な人生を送ることができるのです。

 と、なるのです。

 1京分の1秒⇒10京分の1秒⇒100京分の1秒と、意識がこの瞬間
の時間の世界に入って行けるのです。
 
 ここに、時間の命数を位置づけているのも、命数の作者の意図的な
ものを感じます。

 西洋では、神から与えられた「プレゼント」が、今の瞬間という
概念ならば、東洋では、そのプレゼントを具体的に意識できて、
さらに深めれば、その能力を高めることができるのです。

 つまり、難解な概念を、誰もが簡単に実践できるのです。

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