人類の進化も最悪の環境に遭遇してきたから進化することができたと言われています。


 昨晩も大きな地震がありました。速報を見るたびにドキッとします。
被災地の方々には、心よりお見舞いを申し上げます。

 マグニチュード(M)7・4で、震度6強ですから、普段ならば、大きな
地震の扱いになるのですが、前回の巨大地震のために、そうでもなく
なっています。

 そういえば、東日本大震災の発生から早いもので、1カ月が経とう
としています。
 
 自衛隊員や警察、消防団など、いまだに懸命の救援、復旧活動が
続いていますが、その先の復興へ向かうには、国の総力を挙げた
取り組みが必要です。

 原発の事故は、いまだ暗闇の中でもがいているようで、解決の
糸口もつかめていないようです。

 日本国は、原発事故も含めて、1ヶ月も経過しているのに、事態は
進展せずに混迷しておりますから、それこそ、未曾有の試練に
直面していることになります。

 問題の解決には、過去の延長線上にはない発想の転換が必要です。
 
 皮肉にも原子爆弾を作る理論を考えついたアインシュタインは
「問題を生み出した時と同じ意識のレベルでは、その問題は決して
解決できない!」と、明言しています。

 「問題を生み出した」という表現から、あらゆる問題は自分が生み
出すもの!と、アインシュタインは当然の如く認識していたのです。

 地震、津波は天災ですが、原発の事故は人災です。

 確かに人は何かの問題に遭遇した時は、意識レベルが下がった
時であり、“泣きっ面に蜂”という言葉の通り、低い意識に同調する
かのように問題が次々に起きてきます。

 個人も、企業も、国も、低い意識レベルの状態であるから望ましく
ない問題が次々に起きて、抱えてしまうのです。

類は友を呼ぶ!という波動の原理の様に、低い波動に低いレベル
の現象が引き寄せられるので、悪い現象が数珠繋ぎに次々に起き
てくるのです。

 このことをアインシュタインは当然の如く知っていて、すべての
問題は外部からではなく、自分が生み出す原因になっていて、自分
が呼び込んでいる!と認識していたのです。

 意識レベルが低いということは、例えば、心身共にエネルギーが
少なく、心も身体も元気がなくて、働く意欲も湧かない!ということ
でもあります。

 そんな意識レベルでは自分のことしか考えませんから、問題を
解決するどころか、マイナスの現象や望ましくない問題ばかり
起ってしまうのです。

 ですからアインシュタインは、問題を生み出す時の低い意識の
レベルのままでは、何も解決できないので、問題を解決するため
の原則は、高い意識レベルに至ることだ!と、明言しているのです。

・低い意識のレベル(低次元)⇒⇒高い意識のレベル(高次元)

 目の前に立ちはだかる問題を解決することは、どの分野におい
ても、成功するためのプロセスでもあり、願望達成への基本的な
ベースになるものです。

 どんな難解な問題でも、一つ一つの要素を解決して、パズルの
ように積み上げて行けば、どんな成功願望でも達成できるのです。

 そして、その時の心の状態は閉ざしていたり、落ち込んでいたり
しては先へは進めません。

 そのためにも、問題解決の前提にある、意識レベルを高めること
が何よりも大切なのです。

 ◎厳しい逆境の時にこそチャンスあり!

 大多数の人は、既成の概念に支配されています。人は自分の
思考を自分で支配しているように思いますが、本当は、過去の
記憶からの思考に支配されているのです。

 心の中では、既成の概念や過去の記憶の渦が巻いていて、
その渦巻きの勢いが強すぎて、本当は自分の考えだと思って
いても、実際は、過去の思考に支配されているのです。

 既成の概念に縛られている!という言葉がそのことを物語って
います。

 ですから、問題の解決には、過去の延長線上にない発想の転換
が必要なのです。

 こんな時代での成功は奇跡でも起きない限り絶対に有り得ない!
と、誰もが固い信念のように思ってしまうのも、過去の記憶からの
思考に支配されている証拠でもあります。

 ところが、歴史上には、この様な嵐の中でも艱難辛苦を乗り越え
て見事に成功してきた人達が何人もいました。むしろ、厳しい
逆境の時にこそ、偉大な発明や成功者が輩出しているのです。
 
 人類の進化も最悪の環境に遭遇してきたから進化することが
できたと言われています。
 
 最悪の困難や危機があったからこそ、能力が高まり進化できて
生き残れたのです。

 私達の遺伝子、DNAには絶体絶命の危機を乗り越えてきた記憶
が刻まれているのです。

 いつまでも安全な森の中に安住していたならお猿さんのままで、
現在の人類のようには進化はしていなかったと思います。

 平穏な時の成功物語では、物語にも価値がなく、歴史上の偉大な
成功者は、幾重もの苦難と障害を乗り越えてきたからこそ、讃えら
れるのです。

 原子爆弾が落とされ、すべてを焼き尽くされ焼け野原になった
広島が、10年で復興した原動力になったのは?

///////////////

1945(昭和20)年8月6日午前8時15分、原子爆弾が広島市の
中心部に投下された。

 この爆弾の熱風と爆風は、旧市内の建物約7万6,000戸の
90%に半焼・半壊以上の被害をもたらした。

 身を焼かれ、住むところも職場も焼かれ、すべてを焼き尽く
された廃墟の中から広島市民の戦後は出発した。

 それは資材も人手もない中の苦しい始まりだった。

 原爆によって廃墟と化した広島市は「市民生活の安定」と
「広島市の復興」とをいかにして早く成し遂げるかという深刻
な問題をかかえていた。

 市民も行政当局も、一刻も早く立ち上がろうと努力をした。
その努力と模索の過程の中から平和記念都市建設法が成立し、
平和記念都市としての「ひろしま」が形づくられていった。


 官民を超えた数々の提案の中で共通することは、広島市を単に
昔どおりのまちとして復興するのではなく、敗戦・原爆被災という
世界人類史上初の体験を十分に配慮し、恒久平和に結びつけた
独自のまちづくりを望む意見であった。

///////////////

 「平和」をテーマにした都市づくり。

 焼け野原だった広島は10年で復興し、急速に発展しています。

 1949(昭和24)年に広島平和記念都市建設法がつくられ、人類
史上はじめての原爆被爆地として、世界に平和を訴えていく役割
をになうことになり、それにそって、都市づくりが進められること
になりました。

 「平和」の意識レベルは、600です。非常に高い意識レベルです。
 広島の人々は、アメリカを恨むことなく、平和を念願したので、
めざましい復興劇が実現したものと思います。

 今回の被災地も、同じように復興するには、助け合う心=慈愛、
「愛」と「感謝」これらの言葉を心の中で深めていれば、高い意識
レベルになりまから、広島のように早期に復興できると確信できます。

スポンサーサイト
☆プロフィール

angel

  • Author:angel
  • 当ブログは、「S氏の能力開発」メルマガを掲載しております。
ホ・オポノポノ
▽見るだけで?
ホ・オポノポノ、アファメーションの波動が照射される映像
波動、気功チャンネルさん動画より

▽書籍



あやこ関野&バシャール
★パラレルワールドを移行

   

   
☆おすすめ書籍


   

   

   

   

   

   

      

☆最近の記事