この高いエネルギーを智慧や富に転換しなさい!


 今日は、8月8日で、メルマガの回数の一桁の8の数字とも
シンクロしています。

 立秋(8日)の前日は、「夏の節分」ですから、良い流れになる
ような気がします。

 春の節分からの流れは3.11がありましたから厳しいものでした。

 さて、昨日、「空海の特集」を見られた“みいちゃん”から、
感想を頂きましたので、紹介します。

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鈴木先生 さま

いつもありがとうございます。感謝しています。

今日、先生のメルマガで、先日紹介されていた、
NHKのBSの「空海さんの特集」をみました。

空海さんって、本当にすごい人だったんだな~と
おもいました。

そして、並々ならぬ情熱をもって、生きていた人
なんだろうな・・と思いました。

先生のメルマガのおかげで、空海さんについての知識が
少しあったので、より深く学ぶことができました。

空海さんに比べたら、今の自分は、とてもちっぽけな
ことで、くよくよしているな~と思いました。

しかし、そういう心さえも、空海さんはちゃんと人間には
あることを見抜いていて、それを明王という怒りの仏様
として、煩悩を焼きつくす、、ということで、作って
くれていたんですね。

そんな空海さんが唱えていた「能望」をいま、
自分も唱えていることが、すごくありがたいです。

空海さんは、すごく情熱をもって唱えていたと察すること
ができるので、わたしもワクワク情熱をもって、感謝して
大切にして唱えていこうと思いました。

先生が、能望に出会えたことが、奇跡だって何度も
メルマガで書いておられますが、ほんとうにそうかも・・・
と思ってきました。

このところ、併用して般若心経の本文と真言も唱えています。

先生のメルマガに、般若心経は、基本的な体力をつけるもの
のようだ・・・みたいな文章を読んだのを思い出しました。

読んでいるだけで、すかっとします。開かれた感じがします。
能望とは、違うところが反応している感じがします。
ことばのひびきの素晴らしさを改めて感じました。

テレビは、あと2日あるので、楽しみです^^
http://www.nhk.or.jp/bs/kuukai/
ありがとうございます!

○○ ○○

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 投稿ありがとうございました。

 番組では、立体マンダラについて、仏像革命ということで、その中に
ある21体の仏像に、怒りの仏像を空海が日本で初めて紹介したこと
を説明していました。

 不動明王や毘沙門天などは、怒りの顔=憤怒の顔になっています。

 トイレの神様の烏枢沙摩明王も火の中で燃え滾っている憤怒の
顔の仏像です。

 メルマガにも書きましたが、私の目の前に出現したのも、
ものすごい形相で、怒りの顔の深沙大王でした。

 すべての仏像は、大日如来の化身ですから、大日如来は色々な
姿になって出現することを再認識しました。

 ところで、怒りの顔=憤怒の顔のトイレの神様の烏枢沙摩明王は、
全身に火が燃えているのですから、エネルギーの象徴です。

 不動明王も毘沙門天も、怒りの仏像はエネルギーの象徴で、
この高いエネルギーを、智慧や富に転換しなさい!

 という教えなのかも知れません。

 怒りのエネルギーを、プラスのエネルギーにいかに転換できるか!
マンダラから学びなさい!ということなのかも知れません。

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 真理は遥か遠くにあるのではなく、すぐそばの心の中にある。
それは外側に あるものではないのだから、この身体以外の
いったいどこに、それを求めること ができるというのでしょうか。
                     < 空海 >
========

 真理とは宇宙であり、大日如来のことですから、大日如来も
宇宙も自分の心中にある!と、説明しています。

 大日如来を中心にした立体マンダラの21仏も、心の中に
あるのです。

 怒りも、おだやかさも、鬼も、仏も、すべてが私達の心の中に
あるのですよ!と、空海は教えてくれているのです。

 それから、番組では、空海が唐に渡り、青龍寺の恵果和尚との
出会いについても、触れていました。

 恵果和尚は 一目、空海を見て、「そなたが来るのをずっと以前
から分かっていて、今か今かと待っていましたよ。」と、番組でも
紹介していました。
 
 恵果和尚は、自分の死期が近いのを察知していて、千人以上の
弟子がいるのに、空海を密教の後継者として伝法灌頂したのです。

恵果和尚は、千人以上の弟子がいるのに、辺ぴな東の国から来た
新米の空海に自分の後を継がせたのか?

 まるで、空海が唐に来る前から決めていたかのように、何も知ら
ない空海に密教のすべてを伝授したのです。 

 それには、以下の様な説があります。

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 それは恵果の師である不空三蔵の遺言だったからです。

 大暦9年(774年)6月14日長安の大興善寺で密教第四祖の不空は
死の床にいて弟子の恵果を呼び、次の様な遺言を述べたのです。

 「恵果よ、わしの命はもう絶える。そなたには金・胎両部の秘法を
伝えたが、この密教は唐ではやがて滅ぶであろう。
そこでわしは東の国へ密教を伝えたい。わしの命は東の国へと移り
そなたと再びめぐり合い、そなたの弟子になるだろう。」と言い
遺して、不空は翌15日未明にこと切れたのです。

 この時の師の言葉を信じ恵果はずっと待っていたのです。

 ですから、密教の本場の青龍寺に千人以上の弟子がいようと、
恵果和尚を育ててくれた偉大な師匠の不空三蔵が空海に生まれ
変わって来たのですから、跡継ぎを継承するのは空海になるのです。

 不空が死んだ時、日本は宝亀5年(774年)6月15日でした。
同じ日の未明に空海は誕生したのです。

 空海の母の玉依御前は自分が出産する前にインドの高僧が
胎内に入ってくる夢を見たと述べているのです。

 不空はこうして空海として生まれ変わり30年後に遺言どおりに
恵果の弟子になるために唐に遣って来るのです。

 待ちに待った再会なので恵果はとても喜んだのです。

 そして後継者となった空海は恵果から僅か2ヶ月間で金・胎両部
の秘法を授かり、その年の12月に恵果和尚は臨終を迎えたのです。

 空海を枕もとに呼び「師弟の関係は永遠である。そなたは早く
日本に帰り密教を広めよ。わしの魂は先に日本に行き、そなたを
待ちこんどはそなたの弟子となるだろう。」と空海に遺言して息絶え
たのです。

 そして恵果の魂は日本で生まれ変わり覚鑁(かくぱん)と言う
空海の孫弟子になったのです。

覚鑁(かくばん、嘉保2年6月17日(1095年7月21日)- 康治2年
12月12日(1143年1月18日))は、平安時代後期に活躍した
真言宗の高僧で、真言宗中興の祖にして新義真言宗始祖。
諡号興教大師(こうぎょうだいし)。

 覚鑁(かくばん)は、古式な真言宗の伝法の悉くを35歳の若さで
灌頂し、弘法大師空海以来の才と称された。

 これこそが、時空を超えて行なった不空と恵果の最大の秘法
なのです。

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 不空三蔵の経歴、彼はインドの天才僧でした。

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神龍元年(705年)生まれる。出生地は諸説があり、インド南部
とも唐の涼州ともいわれる。父はインド北部出身のバラモンで、
母は康国人だった。

開元2年(714年)長安で金剛智に師事し密教を学ぶ。
開元29年(741年)金剛智の入寂後に、師の遺言に従って
金剛頂経の完本を求めるとともに、勅命により大日経等の
密経経典を請求するためにセイロン・インド南部に渡った
ともに、インドの龍智阿闍梨のもとに派遣されて、胎蔵・金剛
両部にわたる伝法灌頂すなわち五部灌頂を伝授された。

天宝5年(746年)に長安に帰る。
天宝14年(755年)、安史の乱をきっかけに 精力的に教化活動を
行い、安禄山が洛陽を支配すると、不空は勅命により西京長安に
帰り、大興善寺に住して灌頂の壇を築き、調伏の修法を行なった。
これにより、唐朝の帰依を集めた。
大暦9年(774年)入寂。
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 「大日如来⇒金剛薩?(こんごうさった)⇒龍猛(りゅうもう)⇒
龍智(りゅうち)⇒ 金剛智(こんごうち)⇒不空(ふくう)⇒恵果⇒空海」
の真言八祖(しんごんはっそ)になります。

 胎蔵・金剛両部のマンダラは、龍智(りゅうち)⇒ 金剛智(こんごうち)
の時代から、研究されていたことになります。

 そして、不空⇒恵果の時代に究極の秘法が完成して、時空を超越
することができたのかも知れません。

 四国八十八霊場、マンダラの八角形、真言八祖(しんごんはっそ)
今日は八月八日ですから、末広がりに良き事が起きます。

 書きたいことがたくさんあっても、まとまらなくてごめんなさいね。

 ありがとうございました。

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