感謝が深まるのはワンネスの世界に至るからだと思います

< 第2009回 > 2012年10月29発行

 MLに、能望の実践で、夢を見ることに対しての投稿がありましたので、紹介します。

意識を向けて氣のエネルギーが高まると副交感神経が働きます。

 副交感神経が働くとリラックスできて益々氣のエネルギーが高まるのです。

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こんばんは。

明晰夢のお話 先生のメルマガに解答がありましたね~(^∇^)

私が今お勉強をしてる事ともリンクしていましたのでちょっとだけシェアさせてくださいm(._.)m

能望を唱えると リラックス効果が促進されてZONEに入りやすくなるんだと思うんです。それで明晰夢が見られるのではないでしょうか?

能望を唱えると、先生は扁桃核が活発になると仰言っていましたが、私は 側座核(やる気)と扁桃核(ツキをにぎる)→快 不快 好き 嫌いを判断すると海馬→これは記憶する所とありますが、方向性を司ってる場所でもあり、これら3つ全てが動くんじゃないかなって思うんです。

超能力に必要なのはこれらを全部動かす事なんですよ~

何年も修練しなければ得られなかった技が、能望を唱えるだけで得られるってすごいですよね。で、夢ですよね(^∇^)夢って、予知夢だったり、色々ヒントも貰えますよね。

まどろみの中で見る夢が重要になってくるみたいです。現実を変えて行く手法で、最も簡単かつ最も難しいのも、夢ですしね(^∇^)

まとまりがないシェアで失礼いたしました。今日からプロジェクトチーム全員念の入れ方違ったりして♪

〇〇ーでした。

iPadから送信

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 〇〇〇さんからの投稿です。
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もう1つ言えることは、これは、現代医学的な見地とは異なりますが、頭部の気道が開くのだと思います。

能望を松果体に響かせるように唱えたり、右脳や間脳を活性化させるようなことをすると、第6や第7チャクラを含めた、その辺りの気道が徐々に活性化してきます。

勘違いしてほしくないのは、チャクラそのものに影響を与える訳ではありません。その辺りと思ってください。つまり、初期段階において、気が上の方に上って行くわけです。

その結果、浄化作用として様々な症状が出てきます。悪夢等もその一つと考えられます。鮮明な夢も上方の気道が活性化した結果と考えられます。

悪夢等があまりにも酷い場合は

ノウマク・サーマンダーバーザラダン・センダー・マーカロシャダー・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン や ノウマク・サーマンダーボダナン・バーク

等の呪文をしばらく唱えてみてください。

これらの呪文は気を下方に下げる作用があります。

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みいちゃん、〇〇〇さん、〇〇ーさん、こんにちは。ご返信有難うございました!

鮮明な悪夢だったので、良くないことなのでは?とビビってました(^_^;)

浄化がすすんでいるとのこと、教えて下さって有難うございます!

本来の自分のこと、改めて信じることが出来たのと同時に、心から感謝が出来ました。有難うございます。

心から感謝してます。

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感謝してます。

〇〇〇〇さん、〇〇〇さん、〇〇ーさん、どうもありがとうございました。

そして、鈴木先生のメルマガ記事でも教えてくださり感謝でいっぱいです。

いただいた回答を質問くださった方にそのままお伝えしようと思います^^

ありがとうございます^人^   みいちゃん。

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 皆様、投稿ありがとうございました。
 
 能望を唱えると氣があがる人がおりますが、臍下丹田を意識して唱えると氣は下がります。

 意識を向ける!ということは、その部分に気のエネルギーが集ることになります。

 意識を向けて氣のエネルギーが高まると副交感神経が働きます。

 副交感神経が働くとリラックスできて益々氣のエネルギーが高まるのです。

 臍下丹田は氣海とも呼ばれており、この氣の海から全身に氣のエネルギーが満たされる様にあふれていくのです。

 意識を向ける! ということは、氣を働かせる!ということでもあり、問題の解決に向かう!ということでもあります。

 ・氣海が苦海を解決して乗り切るのです。 氣の海が、苦痛を和らげ、問題を解決するのです。

 苦海と言えば、仏教には、数ある煩悩の中でも、人間の心をいちばん苦しめる毒薬という意味で「三毒」があります。

 それは、「貪(むさぼり)・瞋(いかり)・痴(おろかさ・ぐち)」の心です。

 私たちの「我」の中身は、煩悩です。ですから「我」に執らわれるとは、煩悩に執らわれるということです。

 私たちは執着したものに束縛され、執らわれたものに逆につかまり、それに引きずられて生きているのです。

 貪(むさぼり)という煩悩に引きずられて、よろこびを失い、不足だけで生きている「いのち」を餓鬼といいます。

 瞋(いかり)という煩悩に引かれて、身を焦がしている「いのち」のあり場が地獄です。
 
 愚・癡(おろかさ)の煩悩に引かれて、まわりの人のことも忘れ、今日を寝そべって過ごしている「いのち」を畜生というのです。

 だから、貪・瞋・愚(癡)を、わが「いのち」をだめにする三毒の煩悩というのです

  つまり、三毒は「執着する心」、「怒りの心」、「身勝手な(愚かな)心」から生じるもので、これらの行動の後は、気分が悪くなり、毒になるのですから、病気の原因にもなるのです。

 「貪(むさぼ)りの心」・・・人や物事に対してむさぼり、執着する心
 「瞋り(怒り)の心」・・・人や物事に腹を立て、怒る心
 「愚痴(ぐち)の心」・・・愚かで真理道理に暗く、無知な心

 この三毒は、身体と口と目に見えぬ意の中で火花を散らして、毒ガスをまわりに巻き散らかします。

 それをまともに受けたまわりの人も、ガス中毒におかされたように被害をこうむるのです。

 もちろん自らも害毒におかされ、心身共に傷つき、病気になるのです。

 人は相対の世界に生きているので、一方を取り、他方を捨てようと分別し、またいづれかに執着して煩悩妄想をつのらせるのです。

 この「心の毒」の解毒剤として、有効なのが、氣の海のエネルギーなのです。

 氣のエネルギーは、不二の世界で、自他一如なのです。ワンネスの世界で、すべてはつながっているのです。

 能望の実践で、氣のエネルギーが高まり、感謝が深まるのは、ワンネスの世界に至るからだと思います。


 そして、仏教では「今・ここ」に生きることを奨励しています。

 仏教が志向したのは、<水遠の今>である現在の瞬間であり、そこに無作の仏の命をいかに開き、顕現するかということなのです。

 無作の仏の命とは、純粋な「本来の自分」のことです。

 成仏とは、この「我が身」を離れることではなく、今自分がいる「ここ」を離れるものでもない、「今」、「ここ」 にいる「我が身」に無作の仏を開き、具現するということである。

 ここでの無作とは、〔仏〕 因縁によって生じたものではなく、従って生ずることも滅することもないこと。現象を超えた真理。無為。

 無作とは、現象を超えた真理。無為ですから、氣の海の世界でもあるのです。


 ありがとうございました。



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