何が起ろうとも感謝を深めて、さりげなく、快く、努力を続ける!

< 第2010回 > 2012年10月30発行

 プロジェクトのビジネスの組織図を見るとグループの上位に登録されているのに、1年間、お買物をしていないために、10月いっぱいで失効になる人が何人かおります。

 グループの上位で収入の権利にはなっていなくても、昨年の10月に登録されている人には、何人も下についております。

 無効になるのはもったいないので、ご自分の組織図を見られる人は確かめてください。

 今は微々たる金額ですが、今後10年間継続すれば莫大な金額になります。

 価値のある本物商品を流通させているビジネスは、今後も有り得ないので、非常にもったいないと思います。

 シャンプーや歯磨きを買うだけで、今後1年間有効になり、収入にもなるのですから、確認してください。


 さて、夢や願望を叶えるための大切なポイントを説明するための最良の文章がありましたので、紹介します。

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「人生に絶望なし。いかなる人生にも決して絶望はない」  中村久子

その少女の足に突然の激痛が走ったのは3歳の冬である。

病院での診断は突発性脱疽。肉が焼け骨が腐る難病で、切断しないと命が危ないという。

診断通りだった。

それから間もなく、少女の左手が5本の指をつけたまま、手首からボロっともげ落ちた。

悲嘆の底で両親は手術を決意する。

少女は両腕を肘の関節から、両足を膝の関節から切り落とされた。少女は達磨娘と言われるようになった。

少女7歳の時に父が死亡。

そして9歳になった頃、それまで少女を舐めるように可愛がっていた母が一変する。猛烈な訓練を始めるのだ。

手足のない少女に着物を与え、

「ほどいてみよ」

「鋏の使い方を考えよ」

「針に糸を通してみよ」。

できないとご飯を食べさせてもらえない。

少女は必死だった。

小刀を口にくわえて鉛筆を削る。口で字を書く。

歯と唇を動かし肘から先がない腕に挟んだ針に糸を通す。その糸を舌でクルッと回し玉結びにする。

文字通りの血が滲む努力。それができるようになったのは12歳の終わり頃だった。

ある時、近所の幼友達に人形の着物を縫ってやった。その着物は唾でベトベトだった。

それでも幼友達は大喜びだったが、その母親は「汚い」と川に放り捨てた。

それを聞いた少女は、「いつかは濡れていない着物を縫ってみせる」と奮い立った。少女が濡れていない単衣一枚を仕立て上げたのは、15歳の時だった。

この一念が、その後の少女の人生を拓く基になったのである。

その人の名は中村久子。後年、彼女はこう述べている。

「両手両足を切り落とされたこの体こそが、人間としてどう生きるかを教えてくれた 最高最大の先生であった」

 そしてこう断言する。

「人生に絶望なし。いかなる人生にも決して絶望はない」

『致知』2012年11月号 特集「総リード」より
      
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この人は、以前にテレビでも紹介されたことがあるので記憶されている人もいると思います。

 彼女は、3歳の時に霜焼けがもとで「突発性脱疽(だっそ)」という病気にかかり、両手両足を失うという、まことに痛ましいできごとに見舞われます。

 7歳の時、それまで人一倍可愛がってくれていた父が亡くなり母は久子を連れて再婚します。

 彼女の母はそんな我が子を、何としても一人で生きていける子にしてやらねばと、彼女に厳しいしつけをするようになりました。

 その母の厳しいしつけによって、彼女は食事、トイレ、風呂、といった身の回りのことはもちろんのこと、裁縫編み物、炊事、洗濯さえも出来るようになるのです。

 人の世の悲しみをいやというほど味わい、自らの境涯を恨み続けてきた彼女でしたが、晩年になり、初めて、手足のないこの過酷な人生こそが、お念仏の み教えに出会うための尊いご縁であったのだと、心の底からうなずくことができたのです。

「手はなくも足はなくとも み仏の慈悲にくるまる身は安きかな」

 手足のない人生。他人が見ればこれほど過酷な人生はないと思うかもしれません。しかし今の私は、阿弥陀さまの温かい懐に抱かれて、この上もない安らかな人生が恵まれているのです。という歌です。

 昭和四十三年。七十二歳で亡くなられた、両手両足のない中村久子さんに、次のような詩があります。

ある ある ある
さわやかな秋の朝
「タオル取ってちょうだい」
「おーい」と答える良人がある
「ハーイ」という娘がおる
歯をみがく
義歯の取り外し かおを洗う
短いけれど指のない
まるいつよい手が 何でもしてくれる
断端に骨のない やわらかい腕もある
何でもしてくれる 短い手もある
ある ある ある みんなある
さわやかな秋の朝

 両手両足のない久子さんが「ある ある ある」と詩っています。それに比べ私たちは、五体満足に揃っていても、どうかすると「ない ない ない」の日暮らしです。夜露をしのげる家に住んでいても「大きな家に住みたい、新しい着物がほしい、もっと美味しいものが食べたい」と、不平・不満の毎日です。

 
 ウィキペディアの中村久子さん関する説明を抜粋します。

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 1897年(明治30年)11月25日、岐阜県大野郡高山町(現高山市)で父・釜鳴栄太郎と母・あやの長女として出生した。

 2歳の時に左足の甲に起こした凍傷が左手、右手、右足と移り、凍傷の影響による高熱と手足が真黒に焼ける痛みと苦しみに昼夜の別なく襲われた。

 3歳の時にこの凍傷が元で特発性脱疽となる。手術すべきか否か、幾度となく親族会議が行われたが、決断を下さないうちに、左手が手首からポロリと崩れ落ちたという。

 その後右手は手首、左足は膝とかかとの中間、右足はかかとから切断する。幾度も両手両足を切断し3歳の幼さで闘病生活が始まる。

 7歳の時に、父・栄太郎がこの世を去る。不幸は続き10歳の時に弟とも生別する。そんな激動の生活の中、彼女を支えてくれたのは祖母ゆきと母あやであった。祖母と母の厳しくも愛情のある子育てのお蔭で、久子は文字や編み物を出来るようにまでなった。

 ・青年期

 1916年(大正5年)、20歳になった久子は地元高山を離れ、上京し横浜市などで一人暮らしを始めた。

 その後、母と再婚した継父に身売りされ、「だるま娘」の名で見世物小屋での芸人として働くようになり、両手の無い体での裁縫や編み物を見せる芸を披露した。

 後に結婚し、富子(次女、1924年生まれ)らを儲けて、祖母の死や夫の死という不幸に見舞われながらもくじける事なく、子供たちを養い気丈に働き続けた。

 1934年(昭和9年)にようやく興行界から去った。

 久子は見世物小屋で働き始めた時「恩恵にすがって生きれば甘えから抜け出せない。一人で生きていかなければ」と決意し、生涯を通じて国による障害者の制度による保障を受けることは無かった。

 ・見世物小屋を辞めてから晩年まで

 1937年(昭和12年)4月17日、41歳の久子は東京日比谷公会堂でヘレン・ケラーと出会う。久子はその時、口を使って作った日本人形をケラーに贈った。

 ヘレン・ケラーは久子を、「私より不幸な人、私より偉大な人」と賞賛した。

 翌42歳の時、福永鷲邦に出会い、「歎異抄」を知る。

 50歳頃より、執筆活動・講演活動・各施設慰問活動を始め、全国の身障者および健常者に大きな生きる力と光を与えた。

 久子は講演で全国を回る中で自分の奇異な生い立ちを語るとともに、自分の体について恨む言葉も無く、むしろ障害のおかげで強く生きられる機会を貰ったとして「『無手無足』は仏より賜った身体、生かされている喜びと尊さ(を感じる)」と感謝の言葉を述べ、「人間は肉体のみで生きるのではなく、心で生きるのだ」と語っている。

 1950年(昭和25年)54歳の時、高山身障者福祉会が発足し初代会長に就任する。65歳の時厚生大臣賞を受賞した。

 1968年(昭和43年)3月19日、脳溢血により高山市天満町の自宅において波乱に満ちた生涯に幕を閉じる。享年72。

 遺言により遺体は、娘の富子らによって献体された。

 ・中村久子の言葉

 幾度もの苦難を乗り越えて自分で生き抜いてきた久子は以下の言葉を残している。

 「人の命とはつくづく不思議なもの。確かなことは自分で生きているのではない。生かされているのだと言うことです。どんなところにも必ず生かされていく道がある。すなわち人生に絶望なし。いかなる人生にも決して絶望はないのだ。」
                
             ウィキペディア より。
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  この時期に、このような文章が与えられるのは、明らかに「本来の自己」の第二段階においての働きかけのように思われます。

 私達は、一般的に目の前の現実が嫌だから、今の現状を変えようと思って願望を持ち努力をするのですが、自分の意志の力で嫌な現状を変えようと思っても、ほとんどムダに終わってしまうのです。

 ほとんどの人の夢や願望が叶うことがなく徒労で終わってしまうのは、有名な「努力逆転の法則」もあり、現状を否定しながら悲壮な気持ちでいくら努力しても無駄になってしまうのです。

 努力逆転の法則は以下の通りです。

・意志と想像力が対立する場合、勝つのは常に「想像力」。例外はない。

・意志と想像力が対立する場合、「想像力」は意志の2乗に比例する。

・意志と想像力が同調する場合、生ずる力は両者の積。

 これは、頑張れば頑張るほど、その努力とは反対になる!という理不尽な法則なのです。

 最初から現状を否定して、悲壮な気持ちで頑張ったとしても、その努力は最初のイメージ=想像力には勝てずにムダになるのです。

 さらに、努力すれば、その努力が必死なものである程、「この努力が報われないと悲惨だな」という否定的な、あるいは懐疑的な感情が湧き出たり、「イライラ、怒り、焦り」の感情が湧き出ることが多いのです。

 ワクワク、楽しみながら努力をする人はほとんどいません。

 このマイナスの感情が想像力になり、マイナスの結果に結びついてしまうのです。

 それでは、「努力逆転の法則」にならないためには、どうすればいいのか?

 まず、自分の今までの境遇や経験に、たとえそれが悲惨であっても「否定する」のではなく、認めて、受け入れて感謝を深めるのです。

 自分の置かれた目の前の現状にも素直に認めて受け入れて感謝を深めるのです。

 どんな些細なことにも感謝を深め、否定したり、嫌がったり、逃げ出したりしてはいけないのです。

 この心境になれるのは相当にできた人か、かなりのお人好しのバカか、とにかく限られたごく一部の人だけです。

 ところが、マネゲの本では一般の人にもできるように巧妙に誘導してくれているのです。

 そして、このことを如実に教えてくれるのが中村久子さんの言葉だと思います。

 私達は、現状の境遇に当たり前になりすぎて、ありがたみが少しも感じられていないのです。

 五体満足に揃って生かされていることが、どれだけありがたいことか、まわりのすべてものや出来事のありがたみに麻痺しているのです。

 ですから、どんなことにもありがたみを感じて感謝を深め、さらに感謝を劇的に深めなければならないのです。

 周りの人や物や出来事に対しての感謝は、おざなりになってしまいますが、すべては「本来の自分」にしているのです。

 すべてを創造している「本来の自分」に、心からの感謝を深めなければ、自分が願っている創造物や経験など、出現させてはくれないのです。

 そして、「努力逆転の法則」からも、悪いイメージは猛毒であり、一度取りつかれると、なかなか払うことが難しいのです。

 悪いイメージは、マナ識も加担しているために非常に厄介なのです。

 ですから、悪いイメージを打ち消す方法は、悪いイメージを持つ前に、何が起きても、最終目的に至る過程に過ぎないと意識するのです。

 つまり、良い結果も悪い結果も最終目標の過程に過ぎない!という意識を持って努力するのです。

 私達は現状に感謝し、努力する時も感謝を基盤にして、決して悲壮感を持たずに、努力をすることが心からありがたく、努力の中に「喜びや楽しみ」を見い出しながら、意志と想像力が同調するように最終目標に向かって励むのです。

 今までの『意識』を変えれば、『運命』を変えることもできるのです。
 
 この意志と想像力の同調は、誘導することもできます。

・どんな状況下でも、何が起ろうとも感謝を深めて、さりげなく、快く、努力を続ける!

・最終目標までは、常に前向きで目先の結果に一喜一憂しない!

・努力の中に「喜びや楽しみ」を見い出し、反復を繰り返す!


 中村久子さんは、壮絶な人生を送っておりますが、晩年は心が穏やかになり、この上ない幸せになっております。

 けれども、私達、現代人はどうでしょうか?

 私達は、この世では、誰もが一人の例外もなく苦悩の連続で、天皇陛下であっても、総理大臣であっても、大富豪であっても、「苦の海」の中で人生を過ごしているのです。

 そして、すべての人が完全な自由もなく、身も心も制約され、まるで手かせ、足かせの状態で、自由のない檻の中に閉じこめられているかのような、がんじがらめの呪縛の人生を強いられているのです。

 まるで、上記の文章の9歳までの中村久子さんと同じような状況なのです。

 そんなことはない!と思う人もいるでしょう。

 それでは、死ぬ間際に、自分の人生は幸せだった!と、思える人は、少なくとも中村久子さんの晩年と同じように、心が穏やかになり幸せです。と、想像ができるでしょうか?

 現代人の多くは、死ぬまで、心が穏やかにはならず、不幸のままに人生が終わっています。この傾向は今後も増えることはあっても減ることはないでしょう。

 この理不尽に気づいた人は、第一段階の悩みや苦しみの人生から、悩みや苦しみのない第二段階の人生へと移動することができるのです。

 この世界にあっても、第二段階へ進めば、苦悩から脱出して、自由になれる人もいるのですから、誰にもその権利はあるのです。

 仏教の「彼岸」とは「悩み苦しみのないさとりの場に到り得た」という意味ですから、第二段階はこの世の「彼岸」のことかも知れません。

ありがとうございました。




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