失敗し失望したとき大事なことに気づく

< 第2278回 > 2014年01月16日 発行

これまで書いてきたことのまとめとして『幸せ文庫』の作品をメルマガ上で書いていきます。

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 『本当の自分の発見』

・道を切り開く無限のエネルギー

 はじめに

・本当の自分に気づくとは?

仏教をはじめ東洋では、「本当の自分」に目覚める目的で、この世に生まれてきてる!という説が有力です。

 これに従い、西洋のスピリチュアル系のリーダー達もこの世に生まれた目的は、本当の自分に気づき、目覚めることである!と、強調しております。

人類は、何千年も前から、本当の自分を発見するために、あらゆる方法や修行をして来ました。

 この領域に至るために、たくさんの名前がついているのもその証になります。

 歴史を振り返っても「本当の自分」に至ることが人生最大の目的なのですから、色々な分野で様々な名前がついたのでしょう。

 これは、本質や本物の追求ですから喜ばしいことです。
 
 そして、どんな人にも、一人の例外もなく、試練が与えられています。

 それは、試練や壁が立ちはだかると、人は努力をしますが、何度も何度も失敗して、自力では不可能だと思い知ると、自己の内面に意識を向けるようになります。

 試練が厳しければ厳しいほど、自分の内面に意識を向けるのです。

「自分をごまかさず、本当の自分を見つめるようにすれば、苦しみによって自分が成長できることがわかる」

 「人生の処方箋」ポール・キーナン

『本来の自分』は、アラジンの魔法のランプの大魔神のように無限のパワーを持っているので、どんな願いも叶えてくれるのです。

 にせの自分は「エゴ」の塊ですから、不平不満だらけで、一歩も前に進もうともしませんから、本当の自分の無限のパワーに頼ることが賢明なことなのです。

 東洋では、太古の昔からそのことを知っていたから、内なる神を呼び起こすことが先決だったのです。

 そして、本当に満足できて、真に生きている証が立てられるのは、本来の自己に気づき、本来の自己に目覚めたときなのです。

 私達は『本当の自分』に戻るために生まれてきたのです。

この話題はあとにも出てくると思いますが、人生の目的は、「本当の自分」に戻ることですから、人生のすべての目的的が、この本望と両立するするように取り組むことが不可欠になります。

 何をするにも、成功するためには人生最大の目的と併用すれば、つまり、意識レベルを高めながら取り組むことが、大切になるのです。

 〇この領域に至れば、視力ばかりか、病気も、悩み事も、夢や願望も達成できるのです。

 「パワーかフォースか」に同じような内容が書かれています。

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 奇跡は日常の理解を超えて起きました。私を長年苦しめてきた多くの慢性病が消えていたのです。

 私の視力は自然と正常に戻り、人生のほとんどの間かけ続けてきた遠近両用眼鏡は、もう必要ありませんでした。

過去も現在も未来も、知覚の産物であった。時間は幻想に過ぎなかった。

 「私」という限定された自己(self)が、無限の宇宙の自己(Self)に溶けたとき、完璧な平和の意識とともに、すべての苦しみから解放されたあとの静寂さだけが残った。

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私達が生まれた時は、純粋そのものだったので「本当の自分」と一体化していたのです。

 ところが、私達は成長と共に思考することで、いつの間にか、思考が作り出した自分をほんとうの自分だと信じるようになったのです。

 耳元で絶え間なくささやく分別の声が、100もあった能力を成人するまでに98も内面に押し込んでしまったのです。
 
 だから、私達は残っている2の能力しか持っていない煩悩の塊なので、にせの自分とか、低次の自分と呼ばれ、本当の自分ではないのです。

 低次の自分は、過去の記憶に囚われているので、いつも不安、恐れなど、低い精神レベルになり、低いエネルギーを引き寄せてしまうのです。

 一瞬に1500万もの膨大な過去の記憶が浮かび上がり、そのうち脳が認識できるのが15個程度、そして、一秒間に40個以上の過去のマイナスの記憶に振り回されているのです。

 これは、膨大なエネルギーの浪費になります。

 思考が止むことなくとめどなく次から次へと生じる状態だと何もしなくても

 思考をめぐらすことは悪くはないですが、ネガティブな思考は不安、恐れなどの悩みがほとんどですから、その思考がネガティブな現実を招くので、ますま苦悩が続くのです。

 「ウロウロ」という言葉があります。これは、はっきりした目的もなく、あちこち行ったり来たりすること。

 「うろつく」とか「うろうろする」という。この「うろ」は有漏という漢字で仏教語なのです。

 有漏の意味は、流れて漏れ出てくるけがれ。煩悩(ぼんのう)のこと。

 人間誰しも苦悩や迷いに囚われ、あれかこれかと思い迷い、決断しかねて苦しみながら右往左往するのです。

 落ち着きもなくさまよっている様子は、まさに煩悩にまみれて道に迷う人間の姿によく似ています。

 結局どこへ行くのか道が解らなくなってしまう。これが有漏で「うろつく」となるのです。「うろ覚え」も同じ語源のようです。

 JRの元社長さんが自殺されましたが、2人目とか。先日東京都の知事が有漏、有漏の状態で辞任しました。

「漏れる」ことも問題ですが、もれたことに気づき、もれたものを素直に反省すれば、「漏」はそれ以上に広がりません。

 しかし、私たちは、たとえ漏れたことに気づいても、それを正当化したり、上手に始末しょうと、いろいろと思いはからい、ますます「漏」を広げ、漏らしたものの中に身を沈め、身を滅ぼしていくのです。

 この反対は、漏れる煩悩が無いので無漏といいます。

 無漏とは悟りを開いた仏様の状態をいうのです。

『いまここ』にいない時は、仏教で言うところの「有漏路(うろじ)」であり、エネルギーの垂れ流しになっています。

 逆に『いまここ』にいるときは、「無漏路(むろじ)」でありエネルギーの漏れもなく、むしろエネルギーが溜まります。
 
 にせの自分や低次の自分は、膨大なエネルギーの浪費と、」エネルギーの漏れや垂れ流しで、エネルギーの消耗がはげしく、いつも枯渇状態なのです。

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大事なことに気づく

自分に正直になったとき、大事なことに気づく

本気で何かをしているとき、大事なことに気づく

捨ててもいいと思ったとき、大事なことに気づく

変わってもいいと思ったとき、大事なことに気づく

少し待とうと思ったとき、大事なことに気づく

人に頼るのをやめたとき、大事なことに気づく

思いがけないところで、大事なことに気づく

思いがけない時に、大事なことに気づく

じっと見つめたとき、大事なことに気づく

じっと聞いたとき、大事なことに気づく

新しい人に出会ったとき、大事なことに気づく

人を責めるのをやめたとき、大事なことに気づく

失敗し、失望したとき、大事なことに気づく

違う道を選んだ時、大事なことに気づく

大事なことに気づくのは、難しいことじゃない

  いつも心を開いていたい

  いつも耳を澄ましていたい

そうすれば

あなたは気づく

あなたは出会う

ほんとうの自分に

「詩 ドロシー・ロー・ノルト/訳 石井千春」

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 ありがとうございました。



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