すべての痛みと苦しみは神から生じるのではなく自我から生じる

< 第2282回 > 2014年01月21日 発行

「パワーかフォースか」の作者であるホーキンズ博士は、エゴ(自我)が死ぬと、宇宙と一体の「偉大な自己」(Self)と入れ替わる。と、自我の下に潜む「本来の自己」に、多くの人が気づくことを促しております。

 「パワーかフォースか」からの抜粋です。

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 38歳のとき、致命的な病気にかかった。死期が近づいていたことを悟って「もし神がいるのなら、今、私を助けてください」と祈りながら大声で叫んだ。

 神に身をゆだねた瞬間、意識を失った。そして目覚めた時、大きな変化が現れていた。

 「私」という人間は存在せず、個人的なエゴは全く存在していなかった。あるがままの無限のパワーが存在するだけだった。

 この世は「無限の存在」に輝いていた。この静寂さは9ヶ月続いた。すべては完璧だった。名声や成功、お金は無意味に感じられた。

 自我の下に潜む現実を知った。心の病の原因は、自分の存在を「自己」と信ずる「信念」にとらわれてしまうことにあることを知った。

 その後、診療活動を再開し、アメリカ中から患者がおしよせた。

 世界のあらゆるものと人々が、光り輝いていた。人類は皆、内なる愛によって動かされているが、気づかないだけだ。

 奇跡は日常の理解を超えて起きました。私を長年苦しめてきた、多くの慢性病が消えていたのです。

 私の視力は自然と正常に戻り、人生のほとんどの間かけ続けてきた遠近両用眼鏡は、もう必要ありませんでした。

 過去も現在も未来も、知覚の産物であった。時間は幻想に過ぎなかった。

 「私」という限定された自己(self)が、無限の宇宙の自己(Self)に溶けたとき、完璧な平和の意識とともに、すべての苦しみから解放されたあとの静寂さだけが残った。

 「個」という幻想が、すべての苦しみの原点だった。人間がこのことに気づくと、その人は宇宙であり、完全であり、すべてと共にある。それは永遠で苦しみは消滅する。

 患者は世界各国から訪れた。多くは絶望的な症状の人々だった。しかし、それぞれの患者の内側に、愛と美の輝く本質が見えた。

 ある日、拘束衣を着せられた無表情の女性の患者が運ばれてきた。これまで数多くの医者にかかったが、絶望的だとさじを投げていた。

 「神よ、彼女に何をせよというのですか?」と彼女を見ながら無言で尋ねた。その瞬間「彼女を愛すること」だと分かった。

 それがすべてだった。

 すると彼女の目が輝き始めた。そして彼女は癒された。こういうことが数多く起きた。

 彼らの苦悩は終わり、内なる平和を感じていた。内なる平和は時間と個体を超越して、私達を共に包んだ。

 「すべての痛みと苦しみは神から生じるのではなく、自我から生じる」ということを知った。

 そして沈黙の中で患者の心に告げた。ある患者は無言のうちに精神的なブロックをしていると直感的に感じたので、「あなたは自分の自我があなたにしていることを、神のせいにしています」と告げた。

 するとその患者は驚いて床をとびあがって、話しはじめた。

 そして思い描くだけで、世の中の物事を変えてしまう能力に心惹かれた。それは愛の存在しない世界が愛によって変容するかを見ていたからだ。

 的確なタイミングで愛のパワーに焦点を合わせると、文明の全体的なデザインを奥深くまで変えてしまえる、その時歴史が新しい進路を歩みはじめるということが洞察できた。

 この「純粋な意識」そのものが本来の自分を光り輝かせてくれる。

 その意識に到達する道は実にシンプルだ。

そのためには何よりもその状態に達したいという願いを強く持つ。そして例外を作らず、すべてに対して普遍的な許しと優しさをもって接すること。

 すべてに対して慈愛を持つこと。そして欲望にすがることをやめて、一瞬一瞬の個人的な意志を手放すこと。思考、感性、行為が神に委ねられるとき、心は静寂さを増す。

 予期せずに意識にシフトが起きる。すべてを包む「存在」が間違いなく、存在することに気づく。

一瞬自分は死んだのではという気持が起こり、次に「絶対的な」存在に対する畏敬の念が現れる。

このブレイクスルーは素晴らしいものである。

 無に変わり果てるかもしれないというエゴ(自我)に執着すると恐れが続く。

自我が死ぬと宇宙と一体の「偉大な自己」(Self)と入れ替わる。

 至福に到達するにつれて、強烈な恍惚感の状態を隠すことは難しくなり、すべてのために使いたいという共通の願望が生まれる。

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 少し長い引用でしたが、私達の意識=心には「私」という限定されたエゴの自己(self)と、心の奥に内在している「偉大な自己」(Self)があることを認識してくださいね。
 
>この「純粋な意識」そのものが本来の自分を光り輝かせてくれる。

 と、ありますが、「純粋な意識」とは、根本清浄識と呼ばれている九識の阿摩羅識のことです。

 そして、

>その意識に到達する道は実にシンプルだ。

 と、ありますが、白隠さんも、お釈迦様も、そして、ホーキンズ博士も、自分の命との引き換えに、この意識に到達しているのです。

 一休さん(室町時代の臨済宗の一休宗純)も、自殺をはかって悟りの境地に至っておりますから、厳しいものがあります。

 ところで、今日は、21日で、空海の日ですが、 空海は、虚空蔵の真言=能望で、エネルギーを高め覚醒しているのです。

 命数の21は、清浄です。次は、八識の 阿頼耶識ですから、根本清浄識の九識の阿摩羅とで、 清浄 ⇒ 阿頼耶 ⇒ 阿摩羅 と、八識の 阿頼耶識を挟み込んでいるのです。

 清浄と「九識」のパワーで、八識に働きかけて浄化すれば、つまり、「八識」にある悪種子を善種子に転換し、それが七識のマナ識を浄化することができて、表面の「六識」が「九識」と一体化できるのです。

 この原理がわかれば、意味不明の人よりも道が見えてきます。

 そして、能望の実践は「純粋な意識」=「偉大な自己」(Self)に至るため、潜在意識のマナ識を浄化していることになります。

 博士は「すべての痛みと苦しみは神から生じるのではなく、自我から生じる」ということを知った。と、書いていますが・・・。

 能望を唱えると「気持ちがすっと楽になる」ということは、能望の実践は、すべての痛みと苦しみが生ずる七識の自我のエゴを取り除いていることになるのです。

 そのためにも「九識」のパワーの協力が必要なのです。

 ありがとうございました。



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