微細なレベルに縮小する練習は禅の修業にも匹敵するものなのです。

< 第2307回 > 2014年02月20日 発行

 浅田真央ちゃん、プレッシャーに負けたようで残念です。表情も硬くて、オリンピックの真央ちゃんは別人のようでした。

 前回のオリンピックでもそうでしたが、天真爛漫で無邪気に輝いていた頃の真央ちゃんとは、まるで違う別人になってしまいます。

 大人になるって、真央ちゃんに関しては残酷なことだな?と、思ってしまいました。

 100%の能力が、自我の耳元でのささやきの声のために、本来持っている能力の2%しか発揮できなくなる!

 無邪気という言葉からも、自我の邪気が、98%の能力を奪ってしまうのです。

 ショートプログラムの演技が終わった後のインタビューでも真央ちゃんは「自分でも何がなんだか分からないです・・」と、言っておりますから、心理的なトレーニングはあまりしていないようです。

 自我とか、エゴとか、人類は何千年もこの意識に苦しめられてきたのですから、この対策を立ててやらなければ、素晴らしい才能をつぶしてしまうことになります。

「五輪には魔物がいるという。でも魔物を作っているのは自分なのだ。作らなくてもいい魔物を心の中に作ってしまう」
                
 これは、黒岩彰氏の名言ですが、彼は、サラエボのオリンピックで、スピードスケートの金メダル最有力候補として出場しましたが、オリンピックの魔物に取り付かれて惨敗してしまいました。

 けれども彼は、この魔物を克服するためにイメージトレーニングを取り入れて、次のカルガリーのオリンピックでは、みごとにメダルを獲得できたのです。

 このような例もあるのですから、魔物を克服するための効率的なイメージトレーニングにも重点を置くべきです。

 いくら体を鍛えて、技を磨いても、心の中の魔物が暴れてしまえば今回の真央ちゃんのように実力が半減になってしまうのですから、残念でなりません。

 何年間も、メダルを目的に、自分を律して、厳しい練習を積み重ね、様々な試練を乗り越えてオリンピックに参加しているわけですから、メンタル的なトレーニングにも重点を置かなければ選手がかわいそうでなりません。

 現代人ならだれもが、人は潜在意識に支配されて、なかなか意のままにならない人生を歩んでいる!という程度なら認識しているはずで、スポーツに取り組む人達なら、そんなことは常識だと思います。

 真央ちゃんにとっては、厳しいスタートになりましたが、フリーでは開き直って、悔いのないオリンピックにしてもらいたいものです。

 ホーキング博士は「すべての痛みと苦しみは神から生じるのではなく、自我から生じる」ということを知った。と彼のにありますが、この自我とは、マナ識の支配下にあり、ほとんどが過去の記憶です。

 私達の思考は自分の意思で考えているようでも、ほとんどが過去の記憶に支配されています。自我やエゴの支配などもアラヤ識⇒マナ識の記憶からくるものです。

 人類は、七識のマナ識の支配下にあり、煩悩の牢獄の中で恐怖や苦しみの奴隷状態で生きているのです。

 ですから、これらの八識のアラヤ識と、七識のマナ識の浄化をすれば、表面にある六識の意識は、過去の記憶に翻弄されることもなくなり、すべての痛みと苦しみから解放されるのです。
 
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 要するに「生命の根源の力」とは、人間が第七識の自我を克服し、第八識にたまった宿業を打破し、第九識に達したとき、セキを切ったようにいっきにあふれ出てくるのだ。

 ちょうど石油を掘るのに、削岩機が岩盤を突き抜けて、油層にぶっかると原油が凄い勢いで噴き出てくるようなものだ。

 いままで押さえつけられていたのが、宿業の壁を破ったとたん、想像もつかない力でほとばしり出る。これが生命力なのだ。

 この力が出るようになると、私たちに不可能なことはなくなる。

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 この様な文章をメルマガで紹介しましたが、こちらからの意識からの働きかけでは、つまり、三次元の六識からの働きかけで第九識に達すつことは、99,9%不可能なのです。

 七識のマナ識は元々存在しない!と思い込む認識を持ちながら、次元を超えたミクロの命数で、量子を介在しながら働きかけることが賢明なことになります。
 
 「生命の根源の力」に至ることができれば、これが根本清浄識の第九識でもあり、第八識にたまった宿業を浄化することができるのです。
 
 ミクロの命数の降龍を実践していると、微細なレベルを頭に思い描いただけでも、暖かいエネルギーが浮き上がってきます。

 ミクロの命数での微細なレベルのイメージは、自分の心=自我を微細なレベルまで縮小し、10のマイナス20乗以下にまで、つまり素粒子よりも微細なレベルまで小さくすると、ほとんど自我がゼロになるように思います。

 心は意識は、イメージすることにより拡大も縮小も自由自在にできるのです。

 ミクロの命数での微細なレベルへの縮小は、ほとんど無我!になることのように思います。

 無我になると自我やエゴのブロックがなくなるので、生命の根源のエネルギーが、浮き上がってくるのです。

 ミクロの命数の降龍の体験談で多かったのは、幸福感とか至福感ですから、量子を介在することにより、生命の根源のエネルギーまで到達していたことになります。

 禅の修業も、聞こえない音を聞こうとしたり、見えないものを見ようとしたり、五感を超えた向こうの世界に意識を向ける実践ですので・・・。

 これは、心=意識を微細なレベルに縮小することになり、限りなくゼロに、つまり無心に近づく実践なのです。

 「低次の自我」の心や意識でも何処にでも入っていけるのですから、これをミクロのレベルの量子の世界までも微細なレベルに縮小する練習は禅の修業にも匹敵するものなのです。


 
 ありがとうございました。



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