私達は「本当の自分」を知るために生まれてきたのです。

< 第2372回 > 2014年05月09日 発行

 前回のメルマガにマナ識は幻想で、現実の世界は「幻想」ということになります。と、書きました。

 これに関連して「パワーかフォースか」の作者であるホーキンズ博士も書いております。
 
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 そのエネルギーの「存在」が突然激増するにつれて、普通の知覚では別々に見えていたあらゆる人々や物が、すべてが時間の存在しない宇宙的な「存在」の中に溶けてしまいました。

 止まっていた静寂さの中で「出来事」も「物質」もまったく存在しないことを私は観たのです。

 実際にはまったく何も「起こらない」ということです。

 なぜなら過去も現在も未来も、知覚の産物に過ぎないことを私は知ったからです。

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 量子物理学の波動関数では、時間と空間の隔たりはなく、全てが共存しているので、観測されるものと観測装置と観測者は一体で分離することは出来なく、すべてはバリアのない一体性の状態になっている!ということなので、類似しています。
 
 現代科学の最先端も、現実とは「幻想」という結論なのです。

 現実の世界は、心の深層から投影されたホログラムというのか、立体映像のようなものです。
 
 以前のメルマガから掲載します。

 この中に「個」という幻想のみが、すべての苦しみの原点です。

「すべての痛みと苦しみは神から生じるのではなく、自我から生じる」 とあります。 この「個」というのは、自我のエゴのことで、マナ識のことでもあります。

 ホーキンズ博士は、エゴ(自我)が死ぬと、宇宙と一体の「偉大な自己」(Self)と入れ替わる。と、自我の下に潜む「本来の自己」に、多くの人が気づくことを促しております。
 
   「パワーかフォースか」からの抜粋です。

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 38歳のとき、致命的な病気にかかった。死期が近づいていたことを悟って「もし神がいるのなら、今、私を助けてください」と祈りながら大声で叫んだ。

 神に身をゆだねた瞬間、意識を失った。そして目覚めた時、大きな変化が現れていた。

 「私」という人間は存在せず、個人的なエゴは全く存在していなかった。あるがままの無限のパワーが存在するだけだった。

 この世は「無限の存在」に輝いていた。この静寂さは9ヶ月続いた。すべては完璧だった。名声や成功、お金は無意味に感じられた。

 自我の下に潜む現実を知った。心の病の原因は、自分の存在を「自己」と信ずる「信念」にとらわれてしまうことにあることを知った。

 その後、診療活動を再開し、アメリカ中から患者がおしよせた。

 世界のあらゆるものと人々が、光り輝いていた。人類は皆、内なる愛によって動かされているが、気づかないだけだ。

 奇跡は日常の理解を超えて起きました。私を長年苦しめてきた、多くの慢性病が消えていたのです。

 私の視力は自然と正常に戻り、人生のほとんどの間かけ続けてきた遠近両用眼鏡は、もう必要ありませんでした。

 過去も現在も未来も、知覚の産物であった。時間は幻想に過ぎなかった。

 「私」という限定された自己(self)が、無限の宇宙の自己(Self)に溶けたとき、完璧な平和の意識とともに、すべての苦しみから解放されたあとの静寂さだけが残った。

 「個」という幻想のみが、すべての苦しみの原点です。

 人間はこれに気づくと、その人は宇宙であり、完全であり、すべてと共に存在します。それははてしない永遠です。そうなると、もうこれ以上の苦しみはありません。

 患者は世界各国から訪れた。多くは絶望的な症状の人々だった。しかし、それぞれの患者の内側に、愛と美の輝く本質が見えた。

 ある日、拘束衣を着せられた無表情の女性の患者が運ばれてきた。これまで数多くの医者にかかったが、絶望的だとさじを投げていた。

 「神よ、彼女に何をせよというのですか?」と彼女を見ながら無言で尋ねた。その瞬間「彼女を愛すること」だと分かった。

 それがすべてだった。

 すると彼女の目が輝き始めた。そして彼女は癒された。こういうことが数多く起きた。

 彼らの苦悩は終わり、内なる平和を感じていた。内なる平和は時間と個体を超越して、私達を共に包んだ。

 「すべての痛みと苦しみは神から生じるのではなく、自我から生じる」ということを知った。

 そして沈黙の中で患者の心に告げた。ある患者は無言のうちに精神的なブロックをしていると直感的に感じたので、「あなたは自分の自我があなたにしていることを、神のせいにしています」と告げた。

 するとその患者は驚いて床をとびあがって、話しはじめた。

 そして思い描くだけで、世の中の物事を変えてしまう能力に心惹かれた。それは愛の存在しない世界が愛によって変容するかを見ていたからだ。

 的確なタイミングで愛のパワーに焦点を合わせると、文明の全体的なデザインを奥深くまで変えてしまえる、その時歴史が新しい進路を歩みはじめるということが洞察できた。

 この「純粋な意識」そのものが本来の自分を光り輝かせてくれる。

 その意識に到達する道は実にシンプルだ。

そのためには何よりもその状態に達したいという願いを強く持つ。そして例外を作らず、すべてに対して普遍的な許しと優しさをもって接すること。

 すべてに対して慈愛を持つこと。そして欲望にすがることをやめて、一瞬一瞬の個人的な意志を手放すこと。思考、感性、行為が神に委ねられるとき、心は静寂さを増す。

 予期せずに意識にシフトが起きる。すべてを包む「存在」が間違いなく、存在することに気づく。

一瞬自分は死んだのではという気持が起こり、次に「絶対的な」存在に対する畏敬の念が現れる。

このブレイクスルーは素晴らしいものである。

 無に変わり果てるかもしれないというエゴ(自我)に執着すると恐れが続く。

自我が死ぬと宇宙と一体の「偉大な自己」(Self)と入れ替わる。

 至福に到達するにつれて、強烈な恍惚感の状態を隠すことは難しくなり、すべてのために使いたいという共通の願望が生まれる。

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 少し長い引用でしたが、私達の意識=心には「私」という限定されたエゴの自己(self)と、心の奥に内在している「偉大な自己」(Self)があることを認識してくださいね。
 
>この「純粋な意識」そのものが本来の自分を光り輝かせてくれる。

 と、ありますが、「純粋な意識」とは、根本清浄識と呼ばれている九識の阿摩羅識のことです。

 そして、

>その意識に到達する道は実にシンプルだ。

 と、ありますが、白隠さんも、お釈迦様も、そして、ホーキンズ博士も、自分の命との引き換えに、この意識に到達しているのです。

 一休さん(室町時代の臨済宗の一休宗純)も、自殺をはかって悟りの境地に至っておりますから、厳しいものがあります。

 ところで、今日は、21日で、空海の日ですが、空海は、虚空蔵の真言=能望で、エネルギーを高め覚醒しているのです。

 命数の21は、清浄です。次は、八識の 阿頼耶識ですから、根本清浄識の九識の阿摩羅とで、 清浄 ⇒ 阿頼耶 ⇒ 阿摩羅 と、八識の 阿頼耶識を挟み込んでいるのです。

 清浄と「九識」のパワーで、八識に働きかけて浄化すれば、つまり、「八識」にある悪種子を善種子に転換し、それが七識のマナ識を浄化することができて、表面の「六識」が「九識」と一体化できるのです。

 この原理がわかれば、意味不明の人よりも道が見えてきます。

 そして、能望の実践は「純粋な意識」=「偉大な自己」(Self)に至るため、潜在意識のマナ識を浄化していることになります。

 博士は「すべての痛みと苦しみは神から生じるのではなく、自我から生じる」ということを知った。と、書いていますが・・・。

 能望を唱えると「気持ちがすっと楽になる」ということは、能望の実践は、すべての痛みと苦しみが生ずる七識の自我のエゴを取り除いていることになるのです。

 そのためにも「九識」のパワーの協力が必要なのです。

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「南無自我」から「南無真如」へ

 真如とは、神我・真我のことで、九識であり「本来の自己」のことです。

「南無」は、サンスクリット語で「屈する」という意味を持つ「ナマス」という言葉を音写したもので、南摸(なも)とか南牟(のうぼう)と同じ語源になります。

 その意味は 帰依、帰順、帰命などとなり、心から信じる、まかせる、委ねる、従う、となります。

 帰命とは、命をもって帰するということですが、ホーキンズ博士が、神に身をゆだねた瞬間、意識を失った。とあるように命がけで、神(本当の自分)にゆだねたのです。

 能望の実践も、 南無・虚空蔵=南無・大日如来=南無・宇宙=南無・真如と、いうことになります。

  ところで、どんな人にも、一人の例外もなく、試練が与えられています。

 それは、試練や壁が立ちはだかると、人は努力をしますが、何度も何度も失敗して、自力では不可能だと思い知ると、自己の内面に意識を向けるようになります。

 試練が厳しければ厳しいほど、自分の内面に意識を向けるです。

 ですから、・この試練は「本当の自分」に気づいて、目覚めよ!

 ・自己もエゴも、すべてが幻想なのだから、自己催眠状態から目覚めなさい!という「本当の自分」からの導きだと思うのです。
 
 私達は「本当の自分」を知るために生まれてきたのです。

 私達は、自我に目覚めて以来、自我を主とし、自我を拠り所として生きてきました。それはまさに「南無自我」という生き方でした。

 成長するまでは「自我」に生かしてもらったので、それまではありがたいのですが・・・。

 いつまでも「南無自我」の生き方では、幻想に生きることになるので、この世に生まれてきた目的が果せなくなり「本当の自分」が、気づきを促してくるのです。

 ですから、そのことに気づかないと、一生涯、試練と苦悩の連続になりますから、真実の世界へ「南無真如」へと、意識をシフトするのです。

 自我は、幻想ですから危うくて、失敗ばかりで、いつも心配の種なのです。

 ですから、主導権を「本当の自分」に、委ねるのです。

 車の運転に例えると、運転席からおりて、後ろの座席に座るのです。ハンドル操作は「本当の自分」に委ねるのです。

 「本当の自分」は、あなたに早く気づいて、目覚めてもらおうと最も苦しい試練を与えてきます。

 最も苦しい試練が、あなたに最も早く気づいて、目覚めてもらえるので、最大限の思いやりと愛を持って働きかけてくれているのです。

 ですから、どんな状況でも感謝を深めることが大切なのです。

 ありがとうございました。


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