苦や楽についての価値観が世の中の一般的な人とは逆転するのです。

< 第2388回 > 2014年05月29日 発行

 ロバート・シャインフェルド氏の『なにが起こっても「絶対幸せ」でいる法』 栗原弘美 (翻訳)

 この本は「マネゲ&ビジゲ」の次の第3段階の本になるのですが、心の中の内部空間の感情のエネルギーについて書いております。
 
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  内部空間のエネルギーの動きがものすごく静かになったように見えるときもある。 また、エネルギーがより強くより激しくなるときもある。

 エネルギーが強烈で強いときは、まるで君の中でハリケーンか竜巻が起きているみたいだ。

 いつも君は大きな感情の嵐を感じている。

 普段の生活の中で感情に関係するものは、君の内部空間でたえずエネルギーとして動きつづける。

 君が起きている間は決してそれが休むことはない。表面だけ見ていても、まるで海や湖みたいにそれはたえず動き続ける。

 この内部空間の感情のエネルギーには、ほとんど無限の表現のヴァリエーションがある。

 音楽に喩えるのがいちばんかな? 音楽にはたくさんの表現形式がある。たんに「音楽」といってもそれはジャズやロック、クラシックからポップスからニューエイジからいろんなものがあるよね。

 僕らは感情を凍らせていくつかのパーツに分解したうえで、感情のエネルギーに形を与えることを学習した。

 僕らはこれらのパーツにラべリングして「怒り」とか「失望」「幸福」「平安」などの名前を付けた。

 そして僕らはこのパーツとラベルを「ポジティブ」だの「ネガティブ」だの「これは好き」「これは嫌い」「憎む」「愛する」「痛い」「嬉しい」だのと判断している。

 僕らはこうしたラベリングや判断を「真実」だと思っている。

 「氷結→分解→ラベリング→判断」と、まあこういうフローが自動操縦で行われちゃうわけ。

 毎日毎日、ほとんど僕らが気づく間もないくらいものすごいスピードで、稲妻のように「ぱぱぱーっ」と自動反応が起きてる。

 僕らが子どものころに獲得したこういうプログラムが、ずっと1年、10年…として生きている間ずっと自動起動している、といったら驚くだろうか?

 もう僕らは「それをしたのが誰か」さえ忘れてしまう。

 いつも僕ら自身を「不幸」にしているのは僕ら自身なんだ!

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 「内部空間」の感情エネルギーの流れはノンストップだ。僕らが子どものころから、そして成長してからも、何が起きてもこの「マインド・マシーン」はずっと感情エネルギーを注視してる。常時監視、そして常時観察。

「マインド・マシーン」は感情エネルギーの流れの形や内部から特徴的な要素を抽出する。そして言うんだ──「これは“怒り”だ。そして“良くない”ものだ」ってね。

 でもほんとは「感情」は、どれもただ単にエネルギーの動きでしかない。別に「良い」ものでもないし「悪い」ものでもない。

「つらい」ものでも「楽しい」ものでもない。「怒り」でもないし「幸福」でもないし「失意」でもない。ほんどにただ「動いているエネルギー」というだけなんだ。

 それは本質的に無味無臭でニュートラルだ。もしどうしても表現しなきゃいけないっていうんなら──そうだね、「生き生きした」「楽しい」「愉快な」ものなんだよ。

「マインド・マシーン」は、感情エネルギーの流れを見つめて「ぐいっ」と特徴を引っ張りだす。

 そしてラベリングして説明書を付けて分類する。そしてできたラベルや説明書を、また将来使うときのためにデータベースに格納するんだ。

 まるでコンピュータとそっくりだよね。

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 感情のエネルギーは、本質的に無味無臭でニュートラルだ。と、説明しておりますが、エゴの「マインド・マシーン」に左右されずにラベリングや判断をしないで、ありのままに、素直になりなさい!ということです。

 このことに気づくと、なにが起こっても「絶対幸せ」でいることができるのです。
 
 本質的に無味無臭でニュートラルとは「純粋な意識」のことですから、これは「本来の自己」である第九識のことになります。

 シャインフェルド氏の「マネゲ&ビジゲ」の第1段階は、七識のマナ識の支配下のことで、これは幻想ですから一致します。

 そして、第2段階は、八識に植え付けられた種子を変えることで、第3段階は、第九識と一体化すれば「絶対幸せ」でいることができる!

 という「根本清浄識」に至る悟りへの道の物語と同じなのです。

 仏教の用語に「諸行無常」という言葉がありますが、シャインフェルド氏が言っているホログラムの幻想と、同じ概念になります。
 
 ブッダの言葉に、「苦しみを消すには、自分自身を変えるしかない」というのがありますが、自分自身を変えるというのは、本当の自分に仏心に至れ!ということです。

自分の目の前に起きている全てが、意識の自作自演なのですから、自分の変化は、現実の身の回りの全てを変えるのです。

 「悲しみがあれば喜びがあり、喜びがあれば悲しみがある。悲しみも喜びも越え、善も悪も越え、はじめてとらわれがなくなる」
  
 というブッダの言葉にも、諸行無常の幻想を超えた本質の世界に至ることを示唆しているのです。

 「過去は追ってはならない、未来は待ってはならない。ただ現在の一瞬だけを、強く生きねばならない。」というブッダの言葉にも、関連性があります。

 仏教の修行というと私たちは肉体を痛めつけるような行為を想像します。しかし、釈迦の仏教では肉体に苦痛を与えることはなにもしません。

 ただひたすら精神を集中して意識を深める。それだけです。外からは静かに座っているようにしか見えませんが、内部においては強い精神力によって自己改造のための努力が続けられているのです。

 そして修行を積むと、苦や楽についての価値観が世の中の一般的な人とは逆転するのです。

  ありがとうございました。


▽「マネゲ」&「ビジゲ」の本
  

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