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自分の思考、行動、反応をただ観察していくことで本当の自分に目覚めていきます。


< 第 2408回 > 2014年06月18日 発行 

 第2402回2403回2404回はどこに行ったのでしょうか?というご指摘のメールを頂きました。

 ご指摘どおり、回数の数字が3回ほど飛んでおりました。ミスをお許しください。

 現在のメルマガの回数は、これまでの流れ通りに進めていきますので、ご了承下さい。

 数字が飛んでしまったミスをお許しください。心よりお詫び申し上げます。

 さて、前回は、本来の面目(本来の自己)の目になる!ことを書きましたが、いきなりの提案だったので、面を喰らった人もいると思います。

 これまで、降龍を実践している人は、涅槃寂静や九識と八識の知識があれば、九識の阿摩羅識の根本静浄識が「本来の自己」になるので、これに成り切る!ということか!と、理解できると思います。

 けれども、最近読まれた人は何のことなのか?意味不明かと思います。

 それで、八識、九識と涅槃寂静のことを説明している文章をメルマガから抜粋します。

 これは、2010年の4年前に書いています。

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 ≪神様からの贈り物≫ その5
 
 今の瞬間に生きる奥義!! 

 八識のアラヤ識は「蔵」という意味で、地球上に生命が誕生した30億年以上にものぼる過去を記憶しています。もちろん、私達が生まれてからの記憶も保存されています。

ですから、遺伝子のDNAと非常に類似しているのです。アラヤ識はあらゆる行為を種子として溜めこむだけではなく、現在を生み出す源であると考えられていますから、これもDNAと同じ働きをしていることになります。

 私達は好き勝手に生きているようですが、実は全ての行動を遺伝子に制限されています。本能とは、遺伝子によって動物にインプットされたプログラムでもあります。
 
 人間のとる行動の原因、食欲、睡眠欲、幸福感、不快感、恋愛感情に至るまで、全ては遺伝子のプログラムによるものです。

 私達は遺伝子に支配されていると言っても過言ではありません。同様に、アラヤ識⇒マナ識の一連の過去の記憶に私達は支配されているのですから、遺伝子の支配と同じことが言えるのです。

 私達の思考は自分で考えているようでも、ほとんどが過去の記憶に支配されています。自我やエゴの支配などもアラヤ識⇒マナ識の記憶からくるものです。
 
 さらに、地球上のすべての生物のDNAは同じで、みなつながっていることがわかっていますが、アラヤ識のレベルでは、すべての生命はつながっており、一体であるという意識になっていますから、これも同じです。

 これらのことから八識のアラヤ識 と遺伝子DNAは非常に類似していて、同じものとみなしてもいいと思います。

 さて、第九識のアマラ識は根本清浄識とされ、人が生きることの素晴らしさを根底から支えている、宇宙生命それ自体をさしています。

 たえず変化してやまない「心」を根源まで掘り下げていけば、第九識という清浄な不変の大いなる生命につきあたることを示しているのです。
 
 善悪のエネルギーが渦巻く八識の生命は、この第九識への回路を開くことによって、一気に善のエネルギーへと変えて行くことができるのです。

 と、前回説明しました。このことからも、第九識のアマラ識のエネルギーは、ほとんど神のように万能であることがわかります。

 この説明に関して、幾つかの文章を紹介します。

 要するに「生命の根源の力」とは、人間が第七識の自我を克服し、第八識にたまった宿業を打破し、第九識に達したとき、セキを切ったようにいっきにあふれ出てくるのだ。

 ちょうど石油を掘るのに、削岩機が岩盤を突き抜けて、油層にぶっかると原油が凄い勢いで噴き出てくるようなものだ。いままで押さえつけられていたのが、宿業の壁を破ったとたん、想像もつかない力でほとばしり出る。これが生命力なのだ。この力が出るようになると、私たちに不可能なことはなくなる。

 この本当のあなた(仏性)を真我と言い、仏教では第九識の奄摩羅識(アマラ識)にあたります。その上が「乾栗陀耶識(仏識)」とも名付ける最高の覚り(悟り)の意識の領域(仏覚、無上覚)で仏の世界です。

 しかし、幾多の人生を転生して行くうちに、第七識の末那識(マナ識)が形成されてしまい煩悩が生み出され、第八識の阿頼耶識(アラヤ識)に業(カルマ)が記憶(記録)されてしまったのです。

 第九識の奄摩羅識(アマラ識)以上の超意識は潜在意識、深層意識のまだ奥深くに隠されていて、普通の状態では表には出て来ません。

 さらに、意識には上位に行くほど、優位に立ち威力を発揮する性質があります。第六:意識<第七:末那(まな)識<第八:阿頼耶(あらや)識<第九:奄摩羅(あまら)識<第十:乾栗陀耶識(仏識)。

 ですから、第九:奄摩羅識(アマラ識)である「真我」を開発して表に出て来るようになれば、第八:阿頼耶識(アラヤ識)は表に出て来なくなるのです。そして、第十識:の仏覚に至れば、阿頼耶識(アラヤ識、カルマ)は消えて無くなります。
 
 そうです、本来の釈尊の教え(仏教)は、如何(いか)にして第九:奄摩羅識(アマラ識)である「真我」を目覚めさせ、業(カルマ)を消し、転生輪廻から解脱を果たし、仏覚に至る事で第八:阿頼耶識(アラヤ識)を無くしてしまうのかを説かれた教えなのです。
 
 ここでは、第十識についての説明もありますが、この領域は「涅槃寂静」のことだと思います。

 なるほど「今の瞬間に生きる!」と言うことは、第九識のアマラ識に到達することだったのです。今の一瞬に生きる!ということは、時間が止まって思考が停止する状態のことでもあります。

 何も考えられない!という意味での「思考停止」ではなく、自分の意識に流れている膨大な思考が止まるのです。

 ミクロの命数で、アマラ識に到達すると、至福の状態になり時間が止まって思考が停止するのです。これで、すべてがすっきりしました。

 誰もがかんたんには到達できませんが、渦を巻いているアラヤ識を通過して、アマラ識に到達するには、ラセンの渦巻きが必要なのです。

 さらに、ミクロの命数の意味からも何重もの往復での浄化が必要なのです。

 16~18⇔9⇔20⇒21清浄⇔22アラヤ識⇔23根本清浄⇔24と、22のアラヤ識が21の清浄と22の両方の清浄にさまれているのも浄化が大切で、六根清浄のダブルパンチで浄化をしなければという意図が伺えます。
 
 降龍⇔昇龍の何度もの往復で、22のアラヤ識を浄化するのです。

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 第2402回2403回2404回を忘れたのは・・・。

 2010年の4年前に書いたメルマガの≪神様からの贈り物≫のその2 その3、その4をもう一度、読み返しなさい!

 この中に、今の瞬間に生きる奥義のことも、ワールドカップのことも、昇龍のことも、書いているよ!というメッセージなのかも知れません。

 さて、本来の面目(本来の自己)の目になる!とは、

 禅の修行で、本来の面目(本来の自己)を見た(自覚した)ことを「見性」(けんしょう)というところから来ていて、私達は、ミクロの命数の降龍の実践で「見性」(けんしょう)しているので、それなら、そのものズバリの目になってみたらどうなのか?

 という発想なのです。

 そして、体の中心の軸となるしっかりとした柱を、これは「精神的支柱」の大切さを今回のワールドカップで教えられたこともあり、是非とも昇龍で、がっしりとした七つの光の柱を築こうと思いました。

 そのためにも『本来の自分』の協力が必要なのです。

 マナ識や表面意識の思考レベルでは、思考に制限され、思考に振り回されるだけで、上手く行かないからです。

 私達には、潜在意識の深いレベルまでアクセスするツールがあるのですから、これほどありがたいことはありません。

 思考レベルでものごとを解決しようとしても埒(らち)があきません。頭で考えることよりも、自分の心の深い部分や体の感覚を見つめることが、どれほど有効なことか、先人が教えてくれているのです。

 この実践は、苦しみの根本である自我(エゴ)の解体をしていることでもあるのです。

 そして、潜在意識の深いところへのアクセスは思考ではなくイメージや感情なのです。

 ですから、降龍の渦巻きと、高揚感が得られる体験が大切なのです。

 私が消えたとき、大きな私が生まれる!

 一般的にも「小さい私」と「大いなる私」と言われておりますが小さい私とは、今自覚している私=小我(自我・エゴ)のことで、大いなる私とは目に見えない『本来の自分』のことです。

 小我は部分であり、大我は全体になります。

 九頭龍の色紙や名刺がありますが、この中には5つの龍と4つの竜の文字を書きます。

 竜は、龍の中から生まれた文字で意味も同じなので、これは全体の一部である「小さい私」と「大いなる私」の関係になります。

 九頭龍の九と、5・4は、54(いし)き=意識でもありますから、これは、第九識の根本清浄識になります。

 これが、宇宙を象徴しているマンダラの九つの和の中にあるのですから、これはまるで『本来の自分』が、三次元の世界に目に見える形で現実化していることになります。

 九頭龍の色紙や名刺はこれまでも、有り得ない奇跡が起きておりましたが、このことを意識すれば、自分の中にある『本来の自分』とも連動する可能性が高くなるので、これまで以上のさらなる奇跡が起きるのです。

 九頭龍のパワーで、株で数千万円、宝くじのロトで数億円という体験談を頂きましたが、この様なことが頻繁に起きて奇跡ではなくなるかも知れませんね。 

 日月神事には、

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 全て己が内にある。己は巳(蛇)であり、力の元となっておるぞ。この力を使うことにより、巳(み)が龍となるのであるぞ。全ての源がここにある。

 蛇を封印したのはそなた達であるぞ。これが蛇が龍となり、全てがよみ返ってくる。
 
 神が神として解き放たれる時であるぞ。神の仕組は仕組として受け取れ。素直が一等だぞ。素直にまさる力はない。これにより愛が生まれるぞ。力は源と申したであろう。

///////////

とあるように、本来の面目(本来の自己)の目になる!注意点は、素直になり、何の判断も、裁きも下さず、何のレッテルも貼ることもなく、ただ見るだけです。

 何も言わず、何も要求せず、何も押し付けず、裁かず、ただあなたを見守ってくれている『大いなる存在』があなたの内に存在しています。

 本来の面目(本来の自己)の目になる!とは、この純粋な意識に成り切ることです。

 良くない、ダメだと裁きを入れるのは自我なのです。
 
 私達は、毎日2万回以上も、良い悪いとか、正しい間違っているとか、好き嫌いや損得や優劣、勝っている負けているという絶え間なく判断を下し、裁き、レッテルを貼っているのです。

 まずは、この絶えず判断している自我(エゴ)に気づくことです。

 解釈したり判断することをやめて、すべての目撃者になるのです。つまり一瞬一瞬の自分に気づいているということです。

 そうすることで本来の面目(本来の自己)に近づいていきます。

 自分の思考、行動、反応をただ観察していくことで、本当の自分に目覚めていきます。

 すべての執着や欲求を手放した時、自分の内に、ずっと前からここにあったことに気づきます。

 源に戻ること、自分に気づくこと、自分を知ること、本当の自分を取り戻すこと、本当の自分を思い出すこと、自然な自分になることです。

 何も望まなくても人生は、私たちに多くのものを与えてくれるようになります。


 ありがとうございました。

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