頑張るとは我を張ることで、結果への執着もあり欲や自我(エゴ)の介在が顕著になります。

< 第 2409 回 > 2014年06月19日 発行 

 感謝のスパイラルシートで、多くの奇跡が起きたのは、そこには、欲や自我(エゴ)の介在がほとんどなかったからだと思っています。

 健康のスパイラルシートも好結果でしたが、それ以外の欲や自我(エゴ)の介在するものは、思わしくなかったので、これには、降龍の実践での十分な浄化が必要だったのです。

 頑張るとは我を張ることで、多くの願望の根源には不安や恐れがあり、結果への執着もあり、欲や自我(エゴ)の介在が顕著になります。

 本来の面目(本来の自己)の目で、色々な現象を根源から見ると、その根源が恐れから発したものか、それとも愛から発したものかが、わかってきます。

 そして、願いや願望の達成も、エゴとつながっているのか、それとも本質とつながっているのかでも、その結果や満足度など、格段に違ってきます。

 エゴは不幸が大好きで、決して満足しませんから、例え成功したとしても、真実の成功には至りません。

 感謝のスパイラルシートで感謝を深めると、そこには欲や自我(エゴ)の介在がなく、邪魔をするものがいないので、比較的簡単に「純粋意識」に到達できるのです。

 「純粋意識」は、純粋な愛や深い感謝の領域でもあるので、常に邪魔をする欲や自我(エゴ)もなく、無心無欲の状態にあり、内なる「本来の自己」が協力してくれるのです。

 現実は、無心無欲になることで事が成され、自然に結果が出るようになっているようです。

 ここは、涅槃寂静や九識の根本清浄識の領域であり「今、ここ」の領域でもあります。

 九識の根本清浄識のパワーが、八識の種子(しゅうじ)やDNAの遺伝子情報を望ましい方向に変えて、つまり、現象界のスクリーンを変更するフィルムが交換されるので、望ましい現実になるのです。
 
 『ミクロの命数』の取り組みは、欲や自我(エゴ)の介在しない方法で、誰もが望ましい現実化が果せるように進めております。

 一般常識では、そんな都合の良いことが有り得るのか?ということになりますが、本来の面目(本来の自己)の目で観察していると色々なことに気づいてきます。

 見ること、見通すこと、見えない領域まで観通すこと、観察すること、それは、自分の目ではなく、本来の自己の目に成り切り、観察するのです。

 思考や感情もその根源から観察すると、ほとんどがエゴが源流にあり、表面の自分が自我(エゴ)の支配下にあることに気づきます。

 すべての苦しみや痛みの原因はエゴであり、その源流を降龍でたどり『本来の自己』の目で観察すると、痛みがなくなります。

 降龍で、微細な世界の今の瞬間に至り、エゴが存在できなくなったからだと思います。

 ネガティブとかポジティブというレベルに関係なく思考や感情と自分とは同一のものと思われますが・・・。

 思考や感情と自分を同一視し、これらに振り回され支配されていることが不幸を招き、これは不幸が大好きなエゴの戦略であることに気づきます。

 このことに気づいても、不幸を招くエゴとは敵対せず、あるがままに観察するのが、本来の自己の目に成り切ることでもあります。

 エゴの思考がフィルムとなって不幸の現実を投影していることに気づいていても、本来の自己は、批判もせずに見守っているのですから、どれだけ純粋な意識なのか、何があっても穏やかでいるのです。

 白隠さんの「ほう・そうか?」の精神なのです。

 自我(エゴ)に気づき、願望の結果に執着せず、結果への囚われを排除し、現実をあるがまま受け入れるということです。

 その結果として「純粋意識」の無限の創造性や可能性を実体感できるようになるのです。
 
 
 ありがとうございました。
スポンサーサイト
☆プロフィール

angel

  • Author:angel
  • 当ブログは、「S氏の能力開発」メルマガを掲載しております。
ホ・オポノポノ
ホ・オポノポノツール

★4つの魔法の言葉

   

   
あやこ関野&バシャール
★パラレルワールドを移行

   

   
☆おすすめ書籍


   

   

   

   

   

      

☆最近の記事