思考を停止して沈黙モードでいることが・・・


 8月になりました。

 以前のメルマガに・・・。

  宇宙と一体になる、今の瞬間に生きる、すべては自分の内面に答えがあると思います。

 と、書いています。

 悟りとは、宇宙のすべてと一体になり、今のこの瞬間に身を置くこと!これが、覚醒するための誰にもできる手法だと思います。

  空海には以下のような名言があります。

/////////
 
・大日如来は、世界の中央に位置している。世界の中央とは何処か、我が心の中である。
           
・近うして見難きは我が心、細にして空に遍ずるは我が仏なり。我が仏は思議し難し、我が心は、広にして亦大なり

            孔法大師(空海)の名言より。
//////////

 これらの意味は・・・。

 ・大日如来(万物の創造主)は、我が心の中に宿っている! 

 ・近くにありながら、おのれの心は計り難い、とらえがたいものだ。それは個として考えれば、きわめて小さな存在かもしれないが、実は大宇宙とつながっているのだ。

 自分の心を深く掘り下げて行けば途中に煩悩という大小の瓦礫あり、欲求不満という執拗な妄執の泥土あり、然し、遂に本源に到れば清らかな地下水が大海に帰し、千変万化の波浪もその海底は悠久の静けさを湛える如く、大日如来の大生命は三世永恒にわたって、自身より一切を生み出し、一切のものを自身の中に帰していく。

 これは、◎覚醒、悟り ・根源のエネルギーに至る!

 最後のテーマにもなる内容ですが、それには、雑念の除去、つまり、思考の停止が基本にあります。

 思考の停止とは、文章が書けない!ことになります。これは、虫の良い言い訳にしかなりませんが・・・。

 思考を停止して沈黙モードでいることが、何も考えないでいることが、今の瞬間に生きることであり、エゴの煩悩を突き抜けることなのです。

 ですから、似たような悩みを抱えている人がいないものかとネットで探してみると、ありましたので、その一部を抜粋します。

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ブログを随分とご無沙汰してしまいました。

その理由は、やはり「沈黙」にあります。

沈黙の時間を大切にしたいと思う事と、ブログを書く事の両立が難しいのです。

ブログを書く事は、頭の中の考えをまとめる作業ですからね。考える事は、思考する事。

その思考をしてしまうと、”今ここ”という状態からは離れてしまいます。

今の私的には、なるべく”今ここ”を大切にしたいので、どうしてもブログ更新がし辛くなってしまっています。

そんな訳で、沈黙モード(なるべく考えないモード)をしていると、色々な気づきがありました。

本日は、その部分についてです。

呪われた状態にあったので、その状況を何とかしようと試行錯誤したことは、以前のブログで書きました。

呪われた状態というのは、スピリチュアルの負の作用です。

エネルギー的に、まったく鈍感なままでいれば、多分、原因不明でメンタルや体を壊していくだけだと思います。

エネルギー的に敏感だと、遅かれ早かれ呪われている事に気がつきます。

私の場合は、エネルギー的に敏感だったので、呪われている事に気がついてしまいました。

気がついたので、その状態を何とか回復させたくて、スピリチュアル的な取り組みを色々試した訳です。

そうした必死の取り組みが5年続いてしまいました。

で、結局、最後の最後に”沈黙”、思考停止モードが呪いに対しての一番の対処法だと気がついた次第。

そうして沈黙モードに自分を置けば置くほど・・・少々乱暴な表現ですが・・・スピリチュアルな事が本当にどうでも良くなってしまいました。

とにかく大切なのは、今、目の前にある事。

その今の瞬間に意識的で居られるかどうかだけが、一番大切な事になってしまったのです。

誤解を恐れずに言えば、スピリチュアルな事というのは、全体的にボヤッと曖昧です。

そうしたボンヤリと曖昧な事に意識的になるより、今の目の前にあることを考えを入れずに淡々とこなしていく事の方が大切だと気がついてしまったのです。

もちろん、これは今現在の正直なところの心境です。

でも、この心境に到達できたのは、5年間に及んだ必死なスピリチュアル的な試行錯誤です。

その間には、本当に色々な方々のスピリチュアル的なサポートをいただきました。

そうした経験をとおしての、本日現在なのです。

なので、その全てが活かされたというか、消化されての本日のモードな訳であることを、あらかじめお断りしておきます。

私の場合は、30歳前の時に瞑想でブッ飛んで、あまりにも強烈な神秘体験をしてしまったのが災いしてしまったのです。

その体験の意味を求めて、スピリチュアルの探求が始まりました。

今となっては、その経験自体は私の自我(エゴ)を消滅させるために起きた事だと理解出来ています。

ただ当時の若かった私は、自我(エゴ)が消滅する恐怖に耐えられなくて、先に進むことを拒んでしまったのです。

その後は、ただ不思議さだけを理解しようと・・・世にも奇妙なスピリチュアルな旅を始めてしまったのです。

不思議さや奇妙さ、普通の人が感知していない感覚がスピリチュアルだと、完全に誤解していたのです。

そうして状況がドンドン複雑になっていき、最終的に呪われる体験をとおして沈黙モードにたどり着いたのです。

で、結局、遅まきながら自我(エゴ)=思考モードである事に気がつき・・・。

本日現在、思考モードから沈黙モードにシフトしつつあるのです。

本当のスピリチュアリティというのは、とてもシンプル・・・状況を複雑にしがちな思考モードから離れて、今現在に静かに向き合うだけ。

その沈黙の中に、神次元が接触してくる。

それが私たちの本来の在るべき姿であって、本当のスピリチュアリティなんだと思えています。

と、言う訳で、本日は大きく誤解していた私のスピリチュアリティのお話しでした。
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 この人もそうですが、本格的な悟りに至るということは、先に進めない!ということで、その過程では社会生活にも適応できない! ということになります。

 これは、悟りの佳境に入るとそれ以外のことに興味が持てなく、重点が置かれなくなるのです。

 「パワーかフォースか」の作者であるホーキンズ博士も覚醒したときは世の中の動きには興味がなくなり何年間も、自分の世界に閉じこもっておりました。

 それでは、現代社会では生きてはいけないので、そこまで到達しなくても効果が出るような方法が必ずあると模索しております。

 ありがとうございました。
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『奇跡を呼び込むS氏の能力開発』メルマガより抜粋して掲載しております。
バックナンバーはこちらからご覧下さい。
http://archives.mag2.com/0000115502/index.html?l=bvo0f0393f

ありがとうございました。


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