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3つの有害物質を同時に対処していかなければなりません。

6月になりました。

さて、前回は、有害電磁波について書きました。

今回は、食品について書きます。

現代は、何を食べても有害電磁波と同様に、添加物や有害物から逃れることは不可能です。

スーパーやコンビニで買うことのできる食品や加工食品がありますが、ほとんどすべてに、防腐剤や添加物などの有害化学物質が含まれています。

防腐剤や添加物の数は膨大で、それらの健康への影響も計り知れないものがあります。

発がん性、DNAの遺伝情報を狂わせる遺伝毒性、万病の元である活性酸素の大量発生など、食塩も砂糖も精製された危険なものになっています。

これらの食品を電子レンジでチンしたら、有害な電磁波がおまけになりますから、放射能レベルの厳しいことになります。

オーガニック食品という選択もありますが、家計が成り立たなくなります。

裕福な人がオーガニック食品を食べ続けたからと言って、必ずしも確実な健康長寿とも限りません。

それに、3,11の東日本では、チェルノブイリ事故の時の数百倍、数千倍の放射性物質が舞っていたそうです。

健康被害を及ぼすほどの内部被曝をしていることは厳然たる事実として受け止めなければなりません。

それを国は「問題ない」としていますが、死亡数は6年連続増えていて、がんも、糖尿病も異常に増えているので、大いに問題はあるのです。

ですから、私達は、有害電磁波、有害食品、放射能と、3つの有害物質を同時に対処していかなければなりません。

過去に書いたメルマガの文章です。
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さて、意識レベル「800以上」は放射能の影響を受けない!という説がありますが、チェルノブイリの近くにある奇跡の「泉」も意識レベルが高いので、放射能の影響を受けないのです。

無害ばかりか、その水を飲んでいる人達は元気で暮らしているのですから、水の高い波動が放射線の害を無力にしているのです。

ところで、玄米の意識レベルが816というこでした。

ですから、玄米を食べていると波動のレベルからも放射能の影響を受けないと思われます。

玄米を食べることにより、放射能被曝による犠牲者を出さずにすんだ例があります。

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◎秋月医博による、長崎原爆被爆対策

秋月博士は長崎市の聖フランシス医院の内科部長でした。

1945年8月、長崎に原爆が投下されたとき、同病院は爆心地からほぼ1キロ半余り離れたところにありました。

同病院のほとんどの患者は、原子爆弾の第一撃からは生き残ったが、まもなく爆弾から飛散した放射性物質による放射能疾患に取りつかれてしまったのです。

このような状況において、秋月博士の行った処置は、患者ならびに医療スタッフに、玄米ご飯、味噌汁、醤油汁、ワカメなどの海草、北海道産のカボチャ、食塩などの食事をとらせたのです。

このような食事を患者と病院スタッフに守らせ、そして砂糖の禁止と、甘いお菓子を絶対食べないように命じました。このような措置のおかげで、他では被爆者が放射能被曝障害で次々と死亡したが、同博士のところの患者とスタッフは、一人として被曝による犠牲者を出さずにすんだのです。
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これは、玄米の解毒作用の例でもありますが、玄米を食べることにより、肉体的な波動が高まり、放射能の影響を受けないようになり、元気になったとも考えられます。

ここでの塩は、ミネラルがたっぷり含有している天然の塩のことで、主に微量ミネラルのことです。

味噌も醤油も、天然の塩で作られていましたから、大豆の成分とミネラル、発酵食品の中にある善玉菌など、バランスの取れた食事です。

現代の味噌や醤油は、精製された食塩ですから、ミネラルは含有していないので、塩分の取りすぎは危険です。

色々な加工食品がありますが、ほとんどすべてに、防腐剤や添加物などの有害化学物質が含まれ、食塩も砂糖も精製された危険なものになっています。

放射線は電磁波で、波動を出していますから、『幸せの和』の還元電子から出る氣のエネルギー=テラヘルツ波で、分解、中和できて、無害にしてしまうのです。

意識レベルが高いと、放射線も無害になるのです。

チェルノブイリで汚染されなかった泉のように・・・。

多くの人が、レンジの後には、『幸せの和』 を下に敷いておりますが、これは、アカシック・テストの判定からも、賢明なことです。

水も料理も、『幸せの和』を10秒~20秒下に敷くだけで、有害物質の波動が変わって無害になり、味も良くなります。

『幸せの和』は、意識レベルが890ありますから、放射線のアルファ線も、ベータ線も。ガンマ線も、打ち消して無害にするのです。

これは、かんたんな波動の足し算と引き算ですから、誰でも理解ができると思います。

特に水は情報を読み取るので、『幸せの和』 を水の下に敷くと、チェルノブイリでも汚染されなかった奇跡の「泉」の水のように、高い波動の水になります。

水道水の有害物質の心配もなくなり、それを飲み続けていれば、放射能の影響を受けなくなるのです。

『幸せの和』の還元電子から出る氣のエネルギー=テラヘルツ波は、分子レベルから有害物質を分解して、引き剥がし排出する作用がありますから、3つの有害物質を同時に対処することができます。

オーリング・テストやアカシック・テストのできる人は確かめてくださいね。 間違いなく真実のレベルになります。

チェルノブイリ原子力発電所の爆発で、放射能汚染があっても、汚染されていない泉がある!という話題を書きました。

その話題の中で私は、「波動が高ければ、高い濃度の放射線でも大丈夫なのです。」と書きました。
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<<アレクセイの泉>>
カメラは、一軒の家の中に入っていきます。農閑期、家族全員が静かに、家の中で過ごします。

75歳のイワンは、得意のカゴ作りを、70歳のニーナは、糸をつむいだり、機を織ったり、繕い物をします。

彼らの末の息子、34歳のアレクセイは、暖炉のそばで読書にふけっている。

風の音、森の木から雪が落ちる音、水の音、薪が燃える音、猫の鳴き声、それらの静かな音を背景にした、充足した光景は、まるでおとぎ話のよう。

しかし、これは、おとぎ話の村ではありません。

地図から消された村、ベラルーシ共和国ブジシチェ村なのです。

1986年4月26日、ウクライナのチェルノブイリ原子力発電所の大爆発によって、最も深刻な放射能汚染の被害にあった地域にある、小さな村。

実際、この村の美しい森は、チェルノブイリと同じぐらい汚染されており、60キュリーから150キュリーの放射能が、検出されています。

事故直後、40キュリー以上が、強制移住として指定された地域だったので、汚染度はかなり深刻で、当然、この村に住んでいた約600人の人々は、別の地域へ移住していきました。

現在、この村に残っているのは、55人の高齢者と、ただ一人の若者、アレクセイだけ。

彼ら56人も、この村を出ていくことを、何回も何回も考えたはずです。けれども、どうしてもこの村を捨てていく気にはなれなかった。

それは、あの泉の水があるからです。

ジャガイモ畑も学校も、あらゆる土地が汚染されているにもかかわらず、何と、この泉の水からは、まったく放射能が検出されないというのです。

高濃度に汚染されている森で採れるきのこも、『絶対に食べてはいけない』と何度警告されても、その時期になると、森に入り、採取し、ちゃんと泉の水で洗ってから、食べたり、保存食用に瓶につめたりして、森の恵みをしっかりいただきます。

村人は、この泉を「百年の泉」と呼びます。

「この水を飲んでいれば大丈夫」と、老人は言います。「あの泉のそばには、神様が立っている」と、言うのです。

だから、"リンゴ祭り"、"秋の収穫祭"、"冬の十字架祭"と、季節ごとの祭りはすべて、この泉で執り行います。

ここは、水を汲むだけの場所ではなく、村人の心のよりどころなのです。

この映画が撮られた2000年、ほぼ10年ぶりに、司祭がやって来ることになり、女達が、2年も前から、やいのやいのと言っていた、腐りかけていた、泉の木枠の修理を、じいさん達が渋々始めるところが、この映画の中でも、とても楽しいシーンです。

平均年齢71歳の5人衆は、森に入り、適当な大きさの木を切り倒し、泉まで運び、斧と鋸だけで、どんどん木枠を修理していく技と姿は、なかなかの男っぷりで、かっこいい!

もちろん、力仕事がある所に、アレクセイは必ずいます。

村でたった一人の若者なので、ちょっとした力仕事から、収穫時の、コンバインの運転や、トラクターの修理など、困った時は、誰もがアレクセイに声をかけます。

アレクセイは、その助けの声に、イヤな顔一つせず、当たり前のように、黙々と仕事をします。

アレクセイもまた、泉と同じように、村人の心のよりどころなのです。

しかも彼は、とてもやさしい。十字架を作るために、木を切り倒す時も、そっと「ごめんね」と声をかける男です。

その姿を追っていると、宮沢賢治の詩の中に出てきそうな、聖者のように思えてきます。

アレクセイは、小児麻痺の後遺症のため、動作が少しだけゆっくりです。

それが理由なのか、年老いた両親を残しておくのがしのびなかったのか、この村に残りました。

彼は、その理由をこう語ります。

「村で生まれた者は、たとえ町へ出て行っても、いつも村に心を寄せている。運命からも、自分からも、どこにも逃げられない。だから、僕もここに残った。」

誰かの力になること、助けることは、つまるところ、けられることと、同じなのかもしれません。

老人たちを助けることで、アレクセイもまた、生かされている。そうやって人は、助け合うことで、共に生きていく。

祭りの時に、ばあちゃん達が、輪になって踊る時の、あの喜びの笑顔。共に生きることのすばらしさで、ほっぺたがピカピカに輝いています。

その喜びの中心に、こんこんと湧く、泉があるのです。

その泉の存在を、神がいることの証だと、思う人もいるだろうし、奇跡だと、思う人もいるでしょう。

わたしは、この泉に、命の源泉のようなものを感じ、体のずっと奥の、深く静かな部分にある何かと、共鳴するのを感じました。

それは、誰にも触れられない、自分でさえ触れたことのない、赤ん坊の時のままの何かで、普段のわたしの生活では、ほとんど思い出すこともない、命の力が、呼び覚まされる体験でした。

「泉の水が僕の中に流れ、僕を引きとめている。泉が人々に故郷に戻るよう、引き寄せているのだろう。」アレクセイは、こうも語ります。

心の中の泉を信じ、諦めて生きることのすごさ、目の前の現実を受け入れて暮らしていくことのすごさに、胸うたれる映画です。
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ありがとうございました。

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『奇跡を呼び込むS氏の能力開発』メルマガより抜粋して掲載しております。
http://archives.mag2.com/0000115502/index.html?l=bvo0f0393f

ありがとうございました。
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