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運命と宿命について
運命と宿命について、その違いは?との質問がありました ので、私のできる範囲でお答えします。
まず、安岡正篤氏の言葉を引用します。
========================== 【運命と宿命】
宿命に任せたらそれこそ惨膽(さんたん)たるものである。 ところが、それに手を加えると、 まったく別な運命を打開することができる。
それは、放っておけばどんな被害を生ずるかもしれない水を、 うまく治山治水をやりさえすれば、 逆にどんなに作物を潤し、 あるいは観光の人々の目を慰め、 いろいろの利益のあるものにすることができるものか、 それと同じである。
『安岡正篤 一日一言』より =========================== この言葉からも、運命も宿命も、そのままにしておかないで、 そのままにしておいたら、「それこそ惨膽(さんたん)たるものである。」 と、なりますから、安岡氏は、積極的に、手を加えることを勧めて おります。
私は、この世に生まれたことと、死ぬことが、宿命で、いかに 生きるか、いかに死ぬか、ということを自分で選択して変えて行く のが運命と思っております。
ですから、自分は80歳で死ぬ運命だと決めつければ、だいたい 80歳前後で死に、100歳で死ぬ運命と決めれば、100歳で死ぬ!と、 そのようになると思っております。
60歳になっても、40歳くらいにしか見えない人と、80歳くらいに 見える人もおります。
本人も、自分はもう還暦だから、引退する年だから!と、普段から 思っていれば、そのように見えてもくるし、運命もだいたいは、人の 意識の通りになるように思います。 死ぬことは、誰もが避けられない宿命ですが、それを運氣を 高めて、つまり、自分でいかようにもコントロールできると思って おります。
年を取ったからと悲観して生きるよりも、まだまだ、元気に生きれる と思い、できるだけ宿命を伸ばしてやろう!と、思うことを宇宙の 意識も、歓迎してくれるように思います。
明日の運命も未来の運命も、自分の意識が、いかようにも変えることができると思っております。
そのために、天から与えられた運命のパワーをアップさせるのです。
ですから、運命は明らかにエネルギーです。運命の扉を開くのも そのまま封印するのも、幸せになるのも不幸になるにも、すべては、 エネルギー次第だと思っております。
子供のころは元気そのもので、エネルギーに満ち溢れておりました。
それを大人になると、わけのわからない理由をつけて、運命を開く エネルギーを封印しているのです。
運の良い人、勢いのある人、幸運な人、世の中にはたくさんおりますが、この世には、目に見えないエネルギーの流れがあります。
その流れは、大まかに、陰と陽、明と暗、光と闇、プラスとマイナス、 左巻きの降龍と右巻きの昇竜など、2つの流れがあります。
生命を生かす波動と殺す波動です。生の波動と死の波動です。
ほとんどの人は理性や常識の壁があるために、陰、暗、闇、マイナス 左巻きの降龍など、死の波動を無意識に選んでいるのです。
ですから、年を取れば、だれもが病気になり、長いこと患って、 死んで行く!という、自分で思い込んでいる運命に従っているのです。
それが、現代人の誰もが受け容れている運命で、いたって当たり前のことで、何の疑問も持たず、陰、暗、闇、マイナスの波動に洗脳されて いるのです。
その反対に、運気が上昇する!という言葉があるように、幸運な人は、陽、明、光、プラス、右巻きの昇竜など、上昇する氣のエネルギーの流れに乗っているのです。
「ことごとく渦巻きの中に入ったら無限の力が湧いてくる」 と、 この文章のように、宇宙の根源の渦巻き、銀河の渦巻き、渦巻きでも、右巻きの渦巻きをイメージするのです。
縄文時代の人は、勾玉や巻貝を首にぶら下げていました。勾玉は 胎児の形であり、9の字型であり、右巻きの渦です。巻貝も、多くは 右巻きの渦です。
1万年も平和が続いた縄文時代の人々が意味もなく、右巻きの渦を身 につけていたとは思われません。 戦争や争いごとが当たり前と思っている現代人と、平和が当たり前と 思っている縄文人とは、どちらが運命に翻弄されているのでしょうか?
結論としては、運命も、宿命も、自分の意識次第で、いかようにも 変えられる!と、いうことで、柔軟に考えたほうが良いと思います。
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