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これらを意識するだけで次元を超えた世界に入ります。

 ◎覚醒、悟り ・根源のエネルギーに至る!その6

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「量子」とは、素粒子の総称で、素粒子とは電子や光子などの物質を構成する最小単位のものです。

 実際には原子であっても、全長700mの世界一小さなものが見られるSACLA(サクラ)という顕微鏡で、やっと見ることができるのですから・・・。

 実際には素粒子の存在を見ることはできません。

ちなみに、原子を見ることができる顕微鏡は、アメリカ(全長2.1キロ)と、ドイツ(全長3.3キロ)にもありますが、SACLA(サクラ)がスゴイのは2キロ以上に及ぶ顕微鏡を1/3に縮めた技術ということで、SACLAは、全て日本の職人が作ったそうです。

 話はそれましたが、それほど微細な極微の量子の世界ですが、この世界に真実があるというのです。

 禅の修業では意識を深めて、五感を超えた世界へ到達しょうとします。

 見えないものを見ようとしたり、聞こえない音を聞こうとして意識を深めるのです。

 「隻手の音声」などは、片手で拍手した時に聞こえる音を聞く!という公案ですから、聞こえない音を聞こうとして意識を極限まで深めるのです。

 徹底して五感を研ぎ澄まし、極微の量子の世界へ、次元を超えた向こうの世界に入ろうとします。

 根源の意識もエネルギーですから、波動になります。

 けれども、滝のような思考の雑念が邪魔をしているので、私達はこの精妙な意識の波動に到達することができないのです。
 
 仏教では次元を超えた向こうの世界のことを、如(にょ)と言います。如来とは、如(にょ)の世界から来た仏となります。

 「躍如」(やくにょ)という言葉もありますが、この意味は、生き生きとして活躍しているさま、ですから、意識が如(にょ)に至れば、生き生きとして活躍できるので、最高の真価が発揮できるのです。

 つまり、如(にょ)の世界へと至れば、最高の真価を発揮できるというのです。

 身心統一合気道を創設した藤平光一氏は、臍下の一点に心を無限小に静めれば、最大限の力が発揮できる!と、指導されていました。

 藤平氏は、下腹部の丹田の無限小の一点を、臍下の一点と名づけ、その一点に心を2分の1、2分の1、さらに2分の1と、だんだん小さくして無限小に静めることを指導していたのです。

 身心統一合気道は、現在もご子息が受け継いで指導されております。

 三次元にいて、如(にょ)の世界へ入るには、素粒子レベルの極微の世界に意識を深める!と言うことになります。

 私達が住んでいる現象界では、物理の法則に支配され、不思議なことも、魔法も、奇跡も、起こり様がないと思われています。

 ニュートン力学では、すべての現象が連続に起きてパターンが決まっているのです。

 ところが、素粒子レベルの極微の世界では不連続性が当たり前で、かんたんに次元を超越してしまうので、常にシンクロや奇跡が起きるのです。

 素粒子は、10のマイナス16乗という極微の世界で、この世界になると、今までの科学の常識では考えられないことが起こります。

 次元を超越して、シンクロが100%の確率で起こり、奇跡が当たり前に起こる世界になるのです。ですから、素粒子の世界は魔法の世界と言われています。

 自分の内面の中心にある素粒子レベルの極微の世界を意識をしているだけでも、シンクロニシティや奇跡が起きます。

 量子力学によれば宇宙には一つの秩序があり、私達の心、私達の思想にも関係があり、私達がどう考えるかによっても物理的に影響を与える!となっています。

 金剛界のマンダラには、微細会という領域があります。

 その説明には、この微細会は、三昧耶形を超越し、金剛杵や梵字「種子(しゆじ)」の内奥の極微の世界に全魂を凝集し、現象の奥にある理法をあらわす。

 と、ありますので、これは、次元を超越した内奥の極微の世界であり、ここに意識を深めるとシンクロが100%の確率で起こり、奇跡が当たり前に起こる世界と知っていたものと思われます。
 
 最新の物理学では、10のマイナス16乗程度の素粒子を 巨大な加速器で加速させて、その痕跡をたどり、やっと五次元の存在が判明できるかどうか?という程度なのに・・・。

 2000年も前に、10のマイナス16乗以下の素粒子の極微の世界で奇跡を起こす!ことがわかっていたとは驚きです。

 ミクロの命数で、五感を超えた微細な波動に意識を深める、さらに、その意識さえも感じなくなるほど極限の微細な波動を感じる!すると思考は止まり、時間は止まります。

 そして静寂の中に入る感覚になるのです。

 次元を超越しますから、時間と空間も超越しています。

 五感や思考は無い空の状態ですから、五感や思考に頼ってはいけません。思考も感情も無く、ただ感じるのです。

 ミクロの命数の実践でこれが可能になります。

 ・瞬息(しゅんそく)⇒弾指(だんし )⇒刹那(せつな)の三つの命数から、時間を越えた世界に入ることができるのです。

 ミクロの命数には、これを創作した作者の意図が伺えるほど、巧妙な配列になっているので、奇跡が起きることが確信できるのです。

 「瞬息」が、素粒子の大きさで「弾指」「刹那」はそれよりも小さいのですから、これらを意識するだけで、次元を超えた世界に入ります。

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 ミクロの命数で意識を静め、氣のエネルギーが高まった状態で目を瞑ります。

 しばらくすると白い光が1秒~2秒の間隔で現れては小さくなって消えてゆきます。

 まるで、時を刻むように同じ感覚で白い光が現れては小さくなって消えてゆくのです。

 その光の流れを、右脳を意識して、ストップさせようと意図します。そして、その光の源に意識を向けて意識が溶け込み一体化を図ります。

 慣れないうちは、なかなかできませんが、その光に意識が溶け込むと光の流れをストップさせることができます。

 停止した光は何倍も大きくなり輝きも増してきます。光の流れが止まると時間が止まったような感覚になります。

 白い大きな光を見ているのは右脳ですから、左脳の思考は停止します。

 般若心経の中に、照見五蘊皆空という言葉があります。

 五蘊(われわれの心と身体)は、すべてが空であると観音様が説いているのです。

 そして、空であるとは、身体も無ければ、心(受想行識)も無い、眼も、耳も、鼻も、舌も、身も、意(こころ)も無い、色(物)も、声も、香も、味も、触(触れられるもの)も、法(考え)も無い、われわれも、われわれを取り巻く環境も、ぜんぶ何も無いのだ。

 と、般若心経では、まるで、五感を超えた限りなく微細な世界のことを言っているのです。

 この感覚と同じように、空の中に入ると、思考(考え)も無くなるのです。

 素粒子の世界になると、私達の体も、宇宙空間のようなスケスケの状態になり、空の世界なのです。

 仏教の「空」の概念は、量子力学の概念でもありますから、湯川秀樹博士をはじめとして、量子力学のノーベル物理学賞が多いのも、関係があるのかも知れません。

 ですから、ミクロの命数の微細なレベルを熟知して、次元を超えた向こうの世界に至るのです。
/////////

 ありがとうございました。

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『奇跡を呼び込むS氏の能力開発』メルマガより抜粋して掲載しております。
バックナンバーはこちらからご覧下さい。
http://archives.mag2.com/0000115502/index.html?l=bvo0f0393f

ありがとうございました。


現代科学に欠けているものを埋めあわせてくれるもの・・・

 ◎覚醒、悟り ・根源のエネルギーに至る!その5

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  仏教の教えに悟りの根本原理について説明したマニュアルがあります。

 それは、四諦(したい)または、四聖諦(ししょうたい)というものですが、四諦の「諦」とは、「ものごとの本質を明らかにすること」とか、「真理(本当のこと)」と言う意味です。そこから「正しい生き方」という解釈もあります。

 ですから、四諦とは、「四つの真理(本当のこと)」とか、「四つの正しい生き方」ということになります。(四つの聖なる真理という意味で「四聖諦」と言うこともあります)

 その四つの真理とは、

一、苦諦:人生は「苦」であるという真理

二、集諦:苦の原因は煩悩 ・妄執、求めて飽かない愛執であるという真理

三、滅諦:その苦を滅した境地が「悟り」であるという真理

四、道諦:その悟りに到達する真理は「八正道」の実践であるという真理

  以上の四つです。そのため「苦集滅道」ということもあります。

 苦諦とは「人生は苦である」という真理です。ここで言う苦とは、「苦しみ」、「悩ましいこと」というような意味です。「自分の思うようにならないこと」を言います。

 お釈迦様はこの苦には「四苦」「八苦」があると説いています。

 人生には四苦八苦以外にも、・天災地変・飢饉・貧困・不仲・不安などたくさんの苦しみがあります。
 
 つまり、人生は、「四苦八苦」以上の苦しみの連続なので、その苦を招き集めるのが煩悩であり、この煩悩とは自我が、これらの苦を感じ取った瞬間に発生するものです。

 そして、自分が「集諦(じったい)」を行っていることに気づき、道諦(どうたい)により、その苦悩の根元から解決することが、仏教の教えの真髄になります。

 「八正道」の実践とは・・・、

 滅諦で、苦から開放されるためには、その原因である煩悩を、滅するか、コントロールすれば良いことが分かりました。

 そこで、道諦では、煩悩に振り回されないしっかりした自己を確立する方法を説いています。

 それは、正しく物事を見(正見)、正しく考え(正思)、正しく語り(正語)、正しく行為し(正行)、正しく生活し(正命)、正しく努力し(正精進)、正しく念じ(正念)、正しく心を決定させる(正定)という八つの実践にあるということです。

 これを「八正道」と言います。 聖なる道を実現するところから「八聖道」ともいわれています。

 究極の目的である煩悩が滅した世界を「涅槃(ねはん)」と言います。ミクロの命数の涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)と、一致しています。
 
 さて、「パワーかフォースか」には、自我のエゴがすべての苦しみの元凶である!と、書いてあります。

 人間である限り、自我のエゴから生じる煩悩に囚われながら生きていることになります。

 「パワーかフォースか」の解決法は、意識レベルを高めることになりますから、「八正道」の実践と類似しています。 
 
 ですから、私たちの人生を幸せなものにしようという点からも、苦しみの根源に気づき、それを解決しようという同じような内容になっているのです。

 苦しみがなくなり、心が穏やかになり、毎日が平穏に暮らすだけでも、ありがたいことで、難病が治るとか、奇跡が起こることの可能性が高くなるのですから、悩みのある現代人には、たとえ悟りに至らなくてもお勧めしたい情報なのです。

 このメルマガでは、なぜ、素粒子以下の微細なミクロの命数にこだわるのか?

 それは、仏教の悟りに至る量子的な原理が隠されているように思えたからです。

以前に、ミクロの命数を意識して、心の深奥に至るツールを作りました。

 六徳 (りっとく)→虚空( こくう)→清浄 (しょうじょう)→阿頼耶(あらや)→ 阿摩羅(あまら)→涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)

 と、意識を無限小の量子レベルに向けると、まるで狐につままれたような状況になり、あり得ない奇跡の体験になりました。

 今までカゼの初期症状だった人が、ミクロの命数を意識するだけで、別人のように回復して元気になったり、歯医者さんの治療でも全く痛みを感じなくなったり、近眼の人がメガネがいらなくなったり・・・と、まるで、別の次元に移動するかのような現象が起きたのです。

 量子論にパラレルワールドがありますが、別次元にいるもう一人の自分と入れ替わったように思われたのです。

 今、瞑想法の研究によってパラレルワールドへと量子論的に飛び込むことができると主張している専門家がいます。

 彼はそれを量子的飛躍=クォンタムジャンプ(quantum jump)と呼んでおり、パラレルワールドで生きる自分に出会うことで人生にさまざまな可能性が拓けてくるというのです。

 理論物理学者のミチオ・カク 博士は、初めて見物する物事であるにもかかわらず過去に体験したことがあると感じる「デジャヴ 体験」は、パラレルワールドを一瞬「垣間見てしまう」ことによって引き起されているのではないかと言及しています。

 このように我々が生きている現実と平行して無数に存在するパラレルワールドは何らかの接点を持ち得るものであり、情報の伝達や交換が行なわれているのではないかという説がいくつも登場してきているのです。

 望ましくない状況 →→ 望ましい現象に短時間で変えるには・・・。

 ・意識の変容 ・タイムスリップ ・量子的飛躍 ・周波数の変換が考えられます。

 清浄(しょうじょう)→阿頼耶(あらや)→ 阿摩羅(あまら)の配列は、心の構造でもあり、非常に微細な量子の世界であり、意識レベルの高い言葉なので・・・。

 ・意識の変容 ・量子的飛躍 ・周波数の変換が考えられます。

 そして、清浄(しょうじょう)が、マナ識になっているのも、人類が何千年間もマナ識の奴隷状態にあり、苦悩状態から脱却できる仏教の智恵が込められていると考えました。

 メルマガでも、これらの命数をイメージするだけでも、あり得ない奇跡の体験があったので、1000年以上も昔に、ミクロの命数を創作した人は、すべてを知り尽くしている賢明な存在だと思ったのです。

 素粒子は人間が観測すると「物質化」し、観測していないときは「波動」になことが判明しています。

 素粒子で作られている万物は、人間の観測、つまり人間の「意識」が注がれたときに物質化するということ。逆に、人間の意識が介していないときは、万物は波動であり非物質なのです。

 つまり、「人間こそが万物に影響を与えている創造主」であり「人間があって万物がある」ということを、量子力学は証明しているのです。

 これは「あなたの意識」が、目の前に起こる現象を決定しているということです。

 つまり、良い意識をすれば、良い現象が物質化される。悪い意識をすれば、悪い現象が物質化される。意識なくして存在するものは、この世にはないということです。

 あなたの意識によって現実はいくらでも変わるということ。運命やカルマは存在せず、あなた自身が創造主として、思い通りの現実を作る力を持っている。これが量子力学から読み取れる真理です。

 けれども、これは、自我のエゴの支配下から離れた量子の領域での意識であり、通常ではありません。

 量子コンピューターは、「量子の重ね合わせ」を活用することで、同時に2つ以上の演算を並列処理するメカニズムです。

 それは、現状のスーパーコンピューターが数千年かかっても計算できないものを、たった数十秒で終わらせるという驚異的な性能を発揮するのです。

 量子の世界では奇跡が当たり前に起きるのです。

 ところで、人工知能の開発者で「人工知能の父」と言われ るマサチューセッツ工科大学のマー ビン ・ ミンス キー教授は・・・。

人工知能の開発には当然 、人間の心の構造の研究が大切になる 。

ところが、現代の心理学は十分に教えていない。そこで、心を専門とする宗教の中に、人間の心の構造を解明したないかと調べてみた結果、 キリスト教もイスラム教も、ほとんど、心の仕組みを教えていない。ところが、仏典には詳しく説かれていた。

釈尊は実に優れた心理学者だ。コンピューター開発に仏典が比類なきテキストになる。と、述べています。

 理論物理学で、日本初のノーベ ル賞を受賞 し た湯川秀 樹博士は、素粒子の研究に 、ギリシャ思想(西洋の科学)は全く役に立たないが、仏教には多くを教えられた。と、述べています。

 素粒子物理学の分野でノーベル賞を受賞されたのは、湯川先生を筆頭に、朝永先生、南部先生、益川先生、小林先生、と、この分野だけに集中してるのですが・・・。

 彼らも含めて、世界中の物理学者が、仏教思想と量子論との一致があまりにも多いことに驚きを禁じえ得ないと述べています。
 
 分子→原子→・・・と、細分化して、これ以上分解できない最小単位のものを「素粒子」と呼んでいます。

 この素粒子を研究しているのが「量子力学」です。

  コンピューターや、携帯電話、スマートフォンなど、現代生活に欠かせない、量子論・・・。

 現代物理学の主流が量子力学であり、量子力学は、物理学・化学 をはじめとした自然科学全体に爆発的な進歩をもたらし、工業的にも極めて重要なものとなっています。

 量子力学は、応用物理工学だけでなく、化学や生命科学などの全てのサイエンスの基礎であると同時に、エレクトロニクスやナノ・テクノロジーなどの最先端科学技術に応用されています。

 この量子論の創始者である3人のボーア、ハイゼンベルク、シュレー ディンガ ーも、仏教をはじめとする東洋の思想を学んでいます。

 物理学者のアインシュタインア イ ン も、物理的な考えを突き詰めて行くと、仏教に説かれている概念と酷似したものがある、そして、現代科学に欠けているものを埋めあわせてくれるものがあるとすれば、それは仏教です。と、言っているのです。

ありがとうございました。
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『奇跡を呼び込むS氏の能力開発』メルマガより抜粋して掲載しております。
バックナンバーはこちらからご覧下さい。
http://archives.mag2.com/0000115502/index.html?l=bvo0f0393f

ありがとうございました。

☆プロフィール

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